京都祇園堂



長楽寺の方には曲がらず長楽館をそのまま通り過ぎると京都祇園堂があります。
900年ほど昔に祇園女御がこのあたりに阿弥陀堂を建立したと言われています。
2006年に再建されたそうですが、どう見てもちょっとお洒落なお家かキリスト協会?阿弥陀如来様を祀ってあるなんて思えない外観です。
祇園女御さんは白河法皇のご寵愛を受けた方です。平清盛は白河法皇と女御の妹さんの間に生まれた子であると言われています。白河はんは権力に任せて姉妹に手を付けはったのですね<オイ!
*入館無料です。
円山公園からちょっと南の地図

円山音楽堂



昭和2年に作られたというから相当古い。収容数は約3000人と何処かに書かれていました。
暑い盛りにはせみ時雨がなぜか音楽に呼応してるように聞こえます。
ここで30回続いた祇園祭の宵々山コンサートも去年で終了したそうです。
そう言えば毎年やってましたね。出演者のほとんどはここ数年の間に還暦をつつがなく迎えられた事でしょう。
この写真じゃ何が音楽堂だか判んないぢゃん。この金網の向こうにあるのです。
右端のほう植木に紛れて石碑が立ってます。大雅堂の史跡です。
江戸時代の文人画家、書家であった池大雅の弟子たちが「大雅堂」っちゅう記念館を営んだ跡地だよっていう史跡です。こんな所にあったんじゃあ見逃しちゃうよ!と思ったのだけど、元々ここにあったのだから無理は言えない。
円山公園からちょっと南の地図

願わくば 花の下にて・・・西行庵はひっそりと。

西行庵・・このひっそり感が良いのです。

西行庵1

西行法師さん--俗名は佐藤義清(さとうのりきよ)、平安末期から鎌倉時代にかけての武士・歌人・僧侶(肩書き多いな)が、草庵を結んだ場所です。
私でも知ってる西行さんの有名な歌は
 ”願わくば 花の下にて春死なん その如月の望月の頃”
この歌は、いつごろどこで詠まれたのかは、不明だそうですが、この近くの雙林寺(元々この辺は雙林寺の敷地だった。雙林寺さんのHPはこちら。)で修行をされ、その庵前の桜のもとで詠まれたのではないかと言われています。その歌の通り、西行さんは桜が満開の時に亡くなっているそうです。お墓は大阪河内弘川寺。

西行庵2

拝観っていうのは特に無いようですが、そっと入ってお庭を見学するくらいなら叱られません(多分)。
また、西行庵の隣には芭蕉堂があります。
江戸中期の俳人高桑闌更が松尾芭蕉を偲ぶために建てたものです。芭蕉は西行さんを心の師と慕っていたそうです。ひと昔前の芭蕉堂は静かな感じでしたが。




芭蕉堂の西隣はこんなんなってます。
うぅ〜〜〜っ!何をうなっているかって、この看板群です。一反木綿やぬり壁のミニチュアが立っているようにも見えますが。そりゃぁ、お店に来てもらうために宣伝は必要ですよ。でも、これはちょっと美観を損ねてます。

円山公園からちょっと南の地図


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