霊源院 甘茶の庭

建仁寺塔頭で特別公開されている 霊源院の甘茶の庭「甘露庭」を拝観しました。

 

霊源院は建仁寺の南東に位置します。けっこう分かりにくい場所なのですが、そこここに案内のポスターが設置されていますので、方向音痴の私でも自信を持って山門をくぐれますニコニコ

 

 

こちらの玄関から上がらせていただき、右側の受付で拝観料500円を納めます。

上がるとすぐに「関」の文字が書かれた衝立がありました(なかなか読めませんでしたがひやひや)。「関」とは禅への入門の意を示すもので、「玄関」には禅学に入る糸口の意味もあるそうです。堂宇は意外に狭く、お庭までどどーんと見えます。

本堂北側に仏壇と五山文学(鎌倉末期から室町時代にかけて禅宗寺院で行われた漢文学)で活躍された「中巌円月の坐像」(重文)、その右後方に胎内仏の「毘沙門天立像」(重文)がありました。坐像の左右には木村英輝氏による毘沙門天の襖絵と金沢翔子さん筆の毘沙門天の書が置かれていました。

毘沙門天像を見るとナイトフィーバー♪ナイトフィーバー♪と口ずさみたくなってしまうのは私だけ?たらーっ

 

 

玄関前の甘茶の花の中で、にっこり笑う布袋様。

額アジサイかと思っていましたら、ヤマアジサイの変種で、これがアマチャ(甘茶)の花なのだそうです。

甘茶と言えば4月8日の花祭りに、お釈迦様の誕生仏にかけていたあれですね。

 

 

お釈迦様の一生を凝縮したという「甘露庭」では仏教三大聖樹(無憂樹菩提樹沙羅双樹)が見られます。

こちらは無憂樹(ムユウジュ)で、お釈迦様がお生まれになったところにあった木です。

 

 

お釈迦様はこの木の下で悟りを開いたという、菩提樹(ボダイジュ)です。

葉っぱが、ハートを細長くしたような形をしてるんです。

 

 

お釈迦様が亡くなられたところにあった木で、沙羅双樹(サラソウジュ)。これは姫沙羅じゃないかしら?

 

 

あまり広くはありませんが、趣のある庭園に約250株の甘茶の木が植えられています。

 

 

本堂の東南角からちょっとお庭を。

 

 

お庭の南の方。

塀の向こうに民家やビルが見えるのは、街なかにあるからです。

 

 

庭園は本堂から東に広がり、白・水色・青色に咲き乱れるアマチャの花は、むし暑い季節に涼しさを呼んでくれます。

 

 

山門の内側から。

 

霊源院・・室町時代初期に一庵一麟が龍山徳見和尚を勧請開山として「霊泉院」を創建、後に「霊源院」と改名されます。一方、南北朝時代中期に中巌円月和尚が「妙喜世界」を萬寿寺に建立し、建仁寺に移築、後に「妙喜庵」と改名されます。この2つのお寺が明治時代に合併して「霊源院」となったそうです。

龍山徳見和尚に聞き覚えが!と思いましたら、両足院の開山でした。

 

堂内には2つの茶室「也足軒」と「妙喜庵」がありました。別途500円を納めまして、也足軒で甘茶とお菓子をいただき、お庭を眺めてほっこりしました。

拝観者は多いのですが、ぎゅうぎゅうということはありません。ガイドさんや係りの方も親切で、和やかな雰囲気でゆっくり拝観できました。

 

霊源院ホームページ

Googleマップ

 

 

 


落柿舎

「落柿舎」は元禄の俳人で、芭蕉の門人 向井去来の遺跡です。

5月上旬に訪れたのに随分後からのUPになってしまいました。もうすっかり忘れていますので、とりあえず撮ったものだけがく〜

 

落柿舎の入り口の風流な門。

門をくぐって右側に拝観受付がありました。確か拝観料は250円だったと記憶しています。ここで落柿舎の案内・資料などをいただきました。

 

 

本庵の土間と玄関

 

 

四畳半と奥三畳

 

 

本庵左隣にある手水付近

 

 

去来の碑 「柿主や梢はちかきあらしやま」

石の方は読み取れませんでしたが、句は下に置かれた板にも書かれていました。

 

 

芭蕉の碑 「五月雨や色紙へぎたる壁の跡」芭蕉が「嵯峨日記」の最後にしるした句だそうです。

いただいた資料よると、落柿舎碑めぐりとして虚子や西行などの句碑の他、供養塔や俳人塔も含めると碑は13基ありました。

 

 

次庵(句会席)

 

 

庭園内に掛けられた俳句の花の額。

私は俳句などそんな趣きのある趣味は無いものですから、時間があれば、ここにある季節の花々を探しながらゆっくり観賞して歩くのも楽しいかなと思いました。

 

たまたま撮った花だけこちらに。

藤棚

 

 

寒木瓜(カンボケ)

 

 

アヤメ

 

 

著莪(シャガ)

 

もうね、私の頭では、1ヶ月も前の拝観となると容易には思い出せません。でも、来訪者に優しく居心地が良かったのは覚えてますよニコニコ

40年くらい前に京都観光で1度来たことがあるなぁ、なんてことは思い出せる、ちょっと前の事は忘れてるひやひや それって、アブナイのでは唖然

「落柿舎」のホームページはこちら。とても詳しく説明されています。

Googleマップ

 

 


ニ尊院

「ニ尊院」は小倉山の麓にあり、嵯峨天皇の勅願によって、慈覚大師が承和年間に開山したと言われている天台宗の寺院です。寺名はご本尊に釈迦如来阿弥陀如来の二尊を祀ることに由来し、正しくは「小倉山二尊教院華台寺」といいます。

 

 

総門は角倉了以が伏見城の薬医門を慶長18年に移築したもので、京都市指定文化財に登録されています。

 

 

「西行法師 庵(いおり)の跡」の碑

仏道修行と和歌三昧の生活を送った西行法師は全国各地に足跡が残されています。その一つがこの地で、二尊院門前近くに庵を結んだとされています。

各地に足跡が残されているというだけあって、東山で私が時々散歩する範囲にも西行庵と書かれた駒札が立っているところがあります。こちらだいぶ古い記事ですが)。

 

 

サツキ(ですよね?)が咲き揃って、鮮やかな赤が見事な参道。

 

 

参道の奥の方は「紅葉の馬場」と言われ、秋の紅葉は圧巻だということです。

訪れたのは5月上旬でしたが、眩しい新緑も大変美しいものでした。

 

 

 

本堂

応仁の乱により諸堂が焼失した後、本堂はその約30年後に再建されたそうです。京都御所の紫宸殿を模しており、京都市指定文化財に指定されています。平成26年〜28年にかけて約350年ぶりに大改修が行われました。

 

 

 

九頭竜弁財天堂

 

 

梵鐘は慶長9年に作られ、平成4年に再び鋳造されました。「しあわせの鐘」と名づけて、世界平和を祈願し、参拝者に撞いてもらっているそうです。

 

 

鐘楼の左奥の階段をずっと登ったところにありました法然上人廟。立て札には「法然上人廟」と書かれていましたが、パンフレットの境内地図には「湛空上人廟」とされていました(どちらでしょう?)。応仁・文明の乱の後、二尊院は法然の弟子湛空により再興されたそうです。

 

 

 

 

勅使門

開いていたので恐れ多くも通ってしまいましたけど、よかったのかな?たらーっ

 

今月6日に載せた「常寂光寺」と同じ日に訪れていたので、続けてUPしたかったのですけど、PCに触るのも面倒くさくなるほどに体調を崩しました。その間に季節はどんどん移り過ぎて、今はどんなんやろ?新緑は変わらないと思うけど。そして拝観したときの様子もすっかり忘れているのでした困惑

 

Googleマップ

 

 


常寂光寺 新緑

常寂光寺は慶長年間(1596-1614)に 大本山本圀寺 第16世究竟院日脳綽佑砲茲螻創された日蓮宗の寺院です。紅葉の美しい小倉山中腹の斜面にあり、常寂光土のような風情からこの名が付けられたとされています。

 

山門

太い角材を格子に組んで造られ、閉門しても隙間から参道が見える開放的な山門で、江戸中期に作り変えられたものだそうです。ここから仁王門、本堂へとまっすぐに続いています。

 

 

仁王門(この画像はクリックで拡大します。)

もと本圀寺客殿の南門として貞和年間(1345〜1349)に建立されたもので、元和二年(1616)に移築され、仁王門としました。境内建築物の中で、最も時代の古い建物だそうです。

美しい青紅葉のトンネルの中に建つ茅葺屋根の門は、何とも言えない風情がありました。

この門をくぐって、少し急な階段を上ると本堂があります。

 

 

本堂

慶長年間(1596-1615)に小早川秀秋の助力を得て、桃山城客殿を移築して造営されました。江戸期の文献、資料では、本瓦葺きの二層屋根となっていますが、昭和七年の大修理の時に改修されたそうです。

 

 

ネコさん猫

首輪もしていますし、飼い猫さんでしょうね。ようこそお越しやす〜、と 現れました。全く物怖じしないけど愛想もあまり良くない。遊んでもらえなかった泣き顔

 

 

妙見堂

妙見菩薩は、北極星または北斗を象徴した菩薩様であることから、妙見尊星王、北辰妙見菩薩などといわれます。

こちらの妙見菩薩は、慶長年間の保津川洪水の際、上流から流れ着いた妙見菩薩御像を麓の一船頭が拾い、久しく町の集会所にお祀りされていました後、享和年間に常寂光寺境内に遷座されたのだそうです。爾来、常寂光寺の歴史とともに様々な寄進もあり、年々立派に護持されてきた妙見様で、洛陽十二支妙見「酉の妙見」に数えられています。

 

 

鐘楼と本堂前の小径。

鐘楼は寛永18年(1641)に建立され、梵鐘は第二次世界大戦中の金属供出により失われました。現在の梵鐘は昭和48年に鋳造されたもので、毎日正午と夕方5時に所定の数を突いているそうです。

 

 

モチツツジ

花弁が普通より細長いツツジでした。本堂周辺の至る所でこの薄い赤紫色が目を引きました。

また、庫裏や本堂の付近ではシャクナゲも綺麗でした。

 

 

庭園

本堂の裏手にある苔むした庭園で、細長い池があります。池の畔に咲く赤やピンクのツツジが可憐で、時間さえあればずっと眺めていたいお庭でした。縁に腰掛けてのんびり観賞されている方が多かったですよニコニコ

 

 

ゆるやかに続く階段の多い境内です。

他に竹林もあったりと、散歩の経路は色々。ついつい寄り道をしたくなる小径が多いです。

塀の無いお寺ですから、山なのか境内なのか境界が曖昧です。小倉山の木々に囲まれて自然と一体になった寺院という感じです。

 

 

多宝塔(重要文化財)

辻藤兵尉直信の寄進により元和2年(1620)に建立されました。高さ12m。釈迦如来、多宝如来の二尊が祀られています。正面の額には「並尊閣」と書かれ、霊元上皇より正徳5年(1715)に賜ったものだそうです。

「そうだ京都、行こう。」の2007年初秋のポスターにも使われている大変趣ある建物です。

 

多宝塔から更に登ると展望台があります。これはそのもう少し下の歌仙祠のあたりから撮りました。かなり良い眺望です。中央の高い山は比叡山かな。

 

渡月橋付近の人混みはすごいですけど、この辺りまで歩けばその喧騒はありませんでした。

瑞々しい新緑の中に佇む常寂光寺は、何度でも訪れたいと思う寺院でした。もちろん紅葉時にも(それまでに人混みに慣れておかないとがく〜)。

 

常寂光寺のHPはこちら

Googleマップ

 

 

 


鴨川鳥さん 7

4月27日に撮りました。

 

すらりとかっこ良く佇むアオサギさん。

この羽の色もクチバシもおしゃれでしょ?しかし目つきは良くないがく〜

 

 

 

オオバンさん。

昨年の秋に四条大橋の辺りで初めて見た鳥です。前から居たのに気が付かなかったのかも知れません。最初はウにしてはずいぶん小さいぞ、カモにしては潜り過ぎ!?ってことで調べてみました。頭を振りながら泳いで、くるんっ!とひっくり返るようして潜る様は何とも愛くるしいです。カモに似てるけどカモではなくてクイナ(水鶏)の仲間だそうです。

 

 

親子カモさん。

先日見た小さなヒナさんたちとほぼ同じ場所で見ました。鳥の成長スピードは知らないけど、一週間でこんなに大きくなるのかなあ?でも、同じお母さんに見えるから同一家族ということにしよう。適当ムニョムニョ

 

 

はい、顔を水につけてー! ほぼシンクロしてる。

 

 

よちよちと歩く姿も可愛いなぁポッ 後ろでお母さんが、ちゃんと見守ってます。

 

ちょっと距離があると、私のスマホでは無理と学習しましたので、手のひらサイズのデジカメを持って行きました。しかし久しぶり過ぎて扱い方を忘れている唖然 その間にカモさんたちはどんどん動いてしまって・・・。じ〜っとしているサギは撮りやすいです〜。

 

先日はぷかぷかと遊んでいたヒドリガモも、さすがにもう見ませんでした。

 

 



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