もう咲いてる桜も・・

昨日、円山公園を通ったときに発見。

 

公園内のたまたま通ったところで、この1本の木の、この辺だけ?咲いていました。

 

 

他の桜の木はまだまだ固い蕾で色も付いてません。公園中を歩いたわけではないので、他にも咲いている木があったかも知れませんけど、このフライングしてる桜を見てなんだか嬉しくなりましたニコニコ

 

 


八坂の塔の中 2回目

数日前にこの辺りを散歩していましたら、八坂の塔の特別拝観をしていました。

 

境内西側から見上げる塔。梅の花がよく似合います〜。

 

 

心柱を中心に本尊として金剛界の五仏が安置されています。

塔の東側から入らせていただきますので、まずは東向きの「阿閦如来」様。

 

 

こちらは北方、「釈迦如来」と書かれていたと思います。

塔内部の拝観は4年ぶりで、前回は暗〜い中をガラケーで撮っていたので頑張って修正しないと何が何だか??だったのですけど、スマホは偉いですね〜、ほとんど修正無しです。撮ったのは同行していた娘ですがたらーっ

 

 

西方は弥陀如来と書かれていたような・・?でも印の結びに違和感が残りましたので、後で調べてみましたらこちらは「大日如来」様かな?・・・と思います。

因みに東寺の五重塔では、心柱を大日如来様としていました。

 

 

南方は「宝生如来」様。後ろの左右に大日、阿しゅくそれぞれの如来様の側面が見えます。

 

 

それでは阿弥陀如来様はどこ〜!?

たまたま柱の上の方に目をやると、以前拝観した時には気付かなかったけれど、大日如来様の上にも何方かいらっしゃいます。こちらも後で調べました。どうやら雲に乗られた「阿弥陀如来」様のようです。

しかし何というか珍しい如来様たちの並び方です。

 

 

暗くて分かりにくいですが、内陣の長押も美しい模様が描かれていました。

 

 

柱に描かれた模様。描かれているものは判りませんでしたが、この色彩はくまもんを連想させる。とは娘の言。確かに・・困惑

 

 

内部の壁画の一部。菩薩様でしょうか?

 

 

塔内の中心を貫く心柱を間近で見られます。

礎石から塔の最上部にまで達し、この1本の柱で塔の均衡を保っています。

 

 

須弥壇の下が開けてあり、そこから心柱最下部と大きな中心礎石を見ることが出来ます。創建当初のもので1400年前の礎石だそうです。中央には舎利器(お釈迦様の骨を入れる器)を納めた3重の凹孔があり、飛鳥時代の様式を留めているということです。

 

 

 

塔2層目から西側の景色。

遠くに連なる西山から、側近にはこの塔を撮影しようとカメラを向けている人までよく見えました。

 

 

東側の景色。

当然ながら東山がすぐ近く。左の方に霊山観音様が見えます。

 

 

屋根瓦には法観寺ではなく「八坂塔」と記されています。

 

 

ついでに。境内南側の木に柑橘の実がいっぱいなっていました。(何の実かわからないので取りあえず柑橘とひやひや

 

法観寺・八坂の塔

霊応山法観寺と号し、臨済宗建仁寺派に属する。(通称「八坂の塔」と呼ばれる。)

寺伝によれば聖徳太子が如意輪観音の夢告により五重塔を建て、仏舎利三粒を納めて法観寺と号したという。また、この創建には古くから八坂郷を拠点としていた渡来系豪族・八坂造(やさかのみやつこ)がかかわるものと推測される。仁治元年(1240)建仁寺八世済翁証救(さいおうしょうきゅう)が入寺し、禅刹に改める。創建以来度々火災により焼失したが、その都度再建され現在の塔は永享12年(1440)足利義教により再建されたもの(パンフ・駒札より)

 

拝観者は少なく、私たちが2層目に上がるときに1組降りてきて、降りるときにまた1組上がってくるという、ほとんど貸しきり状態でした。東寺の五重塔拝観のときは、丁寧な説明もありましたけど、監視もなかなか厳しかったと記憶しています。ここはおおらかですね。ちょっと説明も欲しかったなと思うくらい。まあ、でも本当にゆっくり見て回れて(狭いですけど)、楽しかったですニコニコ

そうそう、急勾配の階段を降りるときはゾゾッとします。ひやひや

 

Google マップ

八坂の塔周辺地図

 


遊歩道にアオサギさん

いつもは川の中か、河原でボーっとしてるように見えるアオサギさん。昨日は珍しく遊歩道のあちこちにいらっしゃいました。(五条大橋付近)

モデル立ちをするアオサギさん。

細い足がうらやましい〜。

人間がこんな近くにいるのに、悠々と歩いて行きました。

 


ジュヴァンセル祇園店へ。

「京の冬の旅」の拝観先でスタンプをもらい、3箇所分集まると指定の場所でお茶などのちょっと一服の特典が受けられると知りました。だいたいいつもは1シーズンに一箇所くらいしか行かないものを「ちょっと一服」の特典目当てに今回は「角屋」「妙法院」「高台寺」と廻りました。花より団子です〜。

ちょっと一服接待箇所をざっと見るとジュヴァンセル祇園店が1番近い。観光シーズンには長蛇の列ができているけど、今なら大丈夫だろうと行って見ましたら、列はできてなかったけれどやはり満席。入り口で少々待ちました。

 

紅茶かコーヒーが無料になるということでしたので、紅茶を。

この柄は祇園の街のつなぎ団子かな?

 

せっかくの有名スウィーツ処ですから、ケーキも別に注文しました。
濃厚で大変美味しゅうございました。いや、美味しすぎですよ!

お値段も思ったよりずっとお安くてびっくりです。

ごちそうさまでしたホットコーヒーケーキニコニコ

 

Google マップ

 


高台寺 ねねのお寺 冬

ねねのお寺高台寺を拝観しました。当たり前ですが寒かったです〜。

この辺りはよく通るのですが、よく考えてみたら前に拝観したのは10年以上前でした。

 

ねねの道の台所坂から上って、境内。「京の冬の旅〜」の看板が立ってました。実はこのイベントにあやかって来たのでした。

 

 

受付を済ませて順路を行くと北西に位置する大雲院の祇園閣が見えていました。以前祇園閣に上ったときかなり見晴らしが良かったのを覚えていますが、ここからだと同じくらいの高さに見えますね。

 

 

茶室 遺芳庵

江戸時代初期の豪商、灰屋紹益が夫人の吉野太夫を偲んで建てたものといわれ、上京区にあった紹益の旧邸跡から明治41年(1908年)に移築されたもの。吉野太夫は華やかで知識がある才色兼備、しかも大変奥ゆかしい女性だったとか。
この壁面いっぱいの大きな丸窓(吉野窓)を太夫はたいそう好んでいたそうです。

 

 

遺芳庵を過ぎると広大な庭園が広がります。偃月池(えんげつち)に架かる廊下は楼船廊(ろうせんろう)と言い、途中に観月台があります。

 

 

方丈前庭「波心庭」

「波心庭」と呼ばれる枯山水の庭園で、正面(南)に勅使門があります。

この白砂の模様もそのときどきによって違うものが描かれるそうです。
方丈には、ご本尊の釈迦如来坐像が安置されています。

波心庭と聞いて東福寺塔頭の光明院のお庭がすぐに思い浮かびましたが、ここも「波心」でしたか。

 

 

季節になれば見事に咲き誇る枝垂桜です。その姿は塀の外からでも良く見えます。やっぱり冬は寂しいね。

 

 

庭園と楼船廊、開山堂

開山堂の西に偃月池(えんげつち)、東には臥龍池(がりょうち)と東山を借景にした池泉回遊式で、小堀遠州作。その石組みの見事さは桃山時代を代表する庭園として知られ、国の史跡・名勝に指定されています。
お寺の庭というと建物や塀に囲まれているイメージですが、ここは広大な庭園の中に建物が建っています。

 

 

観月台(重要文化財)

偃月池(えんげつち)に架かる楼船廊は書院と開山堂を結んでいます。観月台はその途中にある小さな建物です。夜空の月を眺め、池に映る月を観賞するためだとか。めっちゃ風情があります(メッチャという言葉に風情はありません)。

 

 

開山堂(重要文化財)

元々持仏堂だったもので、後に高台寺開山 三江紹益禅師を祀る塔所となりました。
中央に三江紹益像、右(東)にねねの兄、木下家定とその妻・雲照院の像、左に高台寺の普請に尽力した堀直政の木像があります。
天井は前方に秀吉の御座舟の天井を利用した豪華な折上小組格天井、礼堂部中央に北政所(ねね)の御所車の天井が使われています。秋の花を愛したというねねらしく秋の草花が描かれています。

 

 

臥龍廊

臥龍池の上に架けられた霊屋と開山堂を結ぶ屋根付きの廊下と階段です。長さは約60メートルもあり、龍の背に似ていること、屋根瓦が龍の鱗のように見えるところからこの名が付けられたそうです。

 

 

臥龍廊内 ここを上って行くとねねの墓所である霊屋があります。

 

 

霊屋(重要文化財)これはパンフレットの写真です。

須弥壇中央の厨子に秀吉の守り本尊だったという大随求菩薩像が祀られています(扉は閉じられています)。右の厨子に豊臣秀吉坐像、左の厨子に北政所の木像が安置され、この数メートル下に北政所の亡骸が葬られています。
須弥壇や厨子に施された華麗な蒔絵は高台寺蒔絵と称され、桃山時代の漆工芸品美術の粋を集めているということです。
そういえば、先日妙法院の龍華蔵で高台寺蒔絵の文台などを拝見したところでした。

 

 

霊屋からまた少し上ると2つの茶室が現れます。手前が傘亭、奥が時雨亭(共に重要文化財)。

利休の意匠による茶室と言われ、伏見城から移築したもの。屋根付きの土間廊下でつながれていますが、これは移転してから付けられたものだそうです。

 

 

傘亭内部 開放部から見えているところだけ撮れました。

天井部?の放射状に組まれた竹が唐傘を開けたように見えることからその名があるのだそうです。(この画像ではちょっと見えないがく〜

 

 

時雨亭

珍しい2階建ての茶室で、2階南側の上段の間は柱間に壁や建具を設けない吹き放しになっています。(この画像は北側からなので・・ひやひや

 

 

茶室からさらに上って展望台から。(クリックで拡大します。)

北山・西山一望です。北も西も上の方は雪化粧。

 

 

竹林

 

 

最後に。離れたところにあるので忘れられがちな表門です(重要文化財)。

護国神社の参道沿い、ねねの道の50mほど西にあります。方丈などがある拝観場所から距離にして200mくらい南西です。昔はここから東、ずーっと高台寺だったのでしょうね。
伏見城の城門を移築したもので、加藤清正が建立した門と伝えられています。周りに柵がありますので、くぐる事はできません。

 

高台寺

正しくは高台寿聖禅寺といい、豊臣秀吉歿後、その菩提を弔うために秀吉婦人の北の政所(ねね--出家して高台院湖月尼と号す)が慶長11年(1606)に開創した寺。
寛永元年7月(1624)に建仁寺の三江紹益禅師を開山としてむかえ、高台寺と号した。
造営に際し、徳川家康は当時の政治的配慮から多大な財政的援助を行ったので、寺観は壮麗を極めたという。
しかし、度々の火災で多くの堂宇を失い、今日残っているのは開山堂と霊屋、傘亭、時雨亭、表門、観月台等で現在国の重要文化財に指定されている。(パンフレットより)

 

春には桜、秋には紅葉が見事で、夜間拝観でライトアップされた景色は幻想的ですばらしいです。季節的に今は鮮やかではないですけど、まあこの時期は拝観者が少ないので、ゆっくり見て回れました。

 

ねねの道から維新の道地図

Googleマップ

 

 

 



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