鉾建てと曳初めを少し見てきました。

四条河原町に用事がありましたので、鉾建ての様子も見られたらいいなと西に歩いて行くと、遠くに3本ビヨンビヨンした長いもの(鉾の上の長い部分。真木?)が見えてきました。3本というのは長刀・函谷・月です。

 

まずは長刀鉾。やっぱりすごい人混みです。

 

 

戦隊モノなら絶対「」の長刀鉾(ホコレンジャー?)。

 

 

烏丸通を渡ってすぐの北側、函谷鉾です。

 

 

四条室町あたり南側、月鉾です。

え〜〜!?動いてる!?と思ったら、運良く曳初めに遭遇したのでした。

 

 

菊水鉾が曳初めで室町から四条通に出てきたところです。

手が届くほどの間近で動いていく鉾はすごい迫力です。でも、お囃子は優雅なコンチキチン♪

 

 

1日遅れて始まった放下鉾は、まだ骨組み状態でしたので、釘を使わず縄だけで固定する「縄がらみ」という伝統技法が見られました。

 

 

菊水鉾から少し北へ進んで、山伏山です。

 

 

新町通りを四条通りから南下して行って、鉾建て中の船鉾を見ることができました。

前(さき)祭り巡行の最後を行く鉾です。

 

 

そのまま南に進んで、毎年船鉾の前を行く岩戸山。他の山に比べると大きいですし、車輪も付きます。

 

相変わらずのむし暑さで汗ビッショリの散歩でしたけど、もちろん楽しくワクワクしてます(10年も前はお祭り嫌いだったのになぁ困惑)。

 


ビルの谷間 六角堂

街なかにあってこの近辺はよく通ります。それなのになぜか行ったことがない六角堂でした。

 

六角通りに面した山門。むし暑い日でしたが、ここをくぐった途端ものすごく涼しい!と感じました。

 

 

見上げれば、そこら中に千社札が貼られています。

 

 

明治10年(1877)再建の本堂。大勢の方がお参りされています。

手前に拝堂が設けられ、内陣には聖徳太子の念持仏と伝える本尊「如意輪観音像」(秘仏-御前立を安置)、脇侍に「毘沙門天立像」(重要文化財)、「地蔵菩薩立像」が据えられています。

また本堂の裏側にも多くの仏像が安置され、小窓から拝見することができます。

 

 

ビルの谷間だなーって改めて思います。しかもビジネス街。

 

 

親鸞聖人が29才のとき、毎夜叡山を下り六角堂に100日間参籠され、浄土真宗を開くきっかけを得ました。それに因み、この親鸞堂には聖人が夢告を授かるお姿の「夢想之像」・六角堂参籠の姿を自刻したと伝える「草鞋の御影」が安置されています。

それで毎晩叡山を抜け出していた時期に、現在法住寺に安置されている蕎麦食い木像をダミーとして置いていたのですねひやひや唖然

 

 

六角堂を創建した聖徳太子を祀っている太子堂(開山堂)。「南無仏」と唱える太子2才像や物部守屋と戦った姿を表す騎馬像などが安置されています。

当時この辺りにあった池で太子が沐浴をしたと伝えられ、その池の畔に僧侶の住坊が建てられたことから「池坊」と呼ばれるようになったということです。

 

ほんとにね、ビルの谷間に本物の白鳥が優雅に泳いでいるとは思いもよらないことでした。しかし、フェンスには「かみつきますので、近寄らないで」の注意書き。白鳥って噛み付くんですね!知りませんでした唖然がく〜

 

 

山門をくぐると右前方にある、中央にまるい穴の開いた六角形の石。この石が京都の中心であるといわれ、へそ石または要(かなめ)石と呼ばれています。

 

 

にこにこした十六羅漢さん。いつもやさしい顔つきで、穏やかに話をするように心がけてさえいれば、必ず良い報いがあるという教えだそうです。

左下にいらっしゃるのは、お参りに来られた方の願いを手のひらにやさしく包み込み、いっしょにお祈りして下さる合掌地蔵さん。

 

 

軒の瓦にも「六角堂」。

 

 

六角柳は願をかけると良縁にめぐまれるという縁結びの柳で、枝が地面すれすれまで伸びる姿から地ずり柳とも呼ばれています。

 

 

西隣のビルWEST18の展望エレベーターから、六角堂を眺めます。

エレベータの中から撮るのってむずかしいです。シャッター押そうとしたら動いてしまうし。ああ!ちょっと待って!、もう1回上って〜って、エレベータも毎日こういう観光客(私だけか?)を乗せていては、またかよ!?って、うんざりするでしょうねがく〜

 

 

1Fのスターバックスコーヒーから。全面ガラス張りのコンセプトストアで、緑の木々越しにこの建物を観賞しながらいただくコーヒーはまた格別?です。(できれば、お煎茶かお抹茶もほしいです。)

 

 

境内の西側にカラフルなニット帽を被ったお地蔵様が大勢並んでいらっしゃいます。

 

 

お地蔵様の前には可愛らしい鳩みくじがずらーっと。

 

六角堂頂法寺

紫雲山頂法寺と号する、天台宗系単立の寺院。西国三十三所第十八番札所、本尊は如意輪観音。本堂が六角宝形造りであることから、「六角堂」の名で親しまれている。
聖徳太子が四天王寺建立の用材を求めてこの地を訪れたとき、霊告によってこの地に御堂を建て、守護仏の観音像を安置したのが始まりと伝えられる。
建仁元年(1201)親鸞聖人が百箇日間参篭して啓示を受け、後に真宗を開宗する根源となる。また、華道池坊の発祥の地としても知られている。

(1974年から翌年にかけて実施された発掘調査の結果、飛鳥時代の遺構は検出されず、実際の創建は10世紀後半頃と推定されているそうです。)

 

「六角堂」は正式名称の「頂法寺」と言われてもピンと来ないですよね「八坂の塔」「法観寺」と同じように。あ、八坂の塔も聖徳太子が如意輪観音の夢告により建てたとされるものでした。


頂法寺六角堂のHPはこちら

Googleマップ

 


高瀬川沿いの紫陽花

桜の名所でもある木屋町ですが、この季節になれば涼を誘う紫陽花がまた素適です。

 

しばらく晴天が続いていても、水ぎわの花は元気ですね。

 

 

緑のトンネルの高瀬川。

(松原通りから五条通りの間くらい。)

 

 

高瀬川に沿って、色とりどりにずーっと続きます。

(五条通りから少し南下。)

 

 

種類も豊富なのでつい見とれてしまうけれど、車の通る道だから気をつけないと・・。

 

 

渡り橋のあたりはピンク系。

 

 

ちょっとだけ下がったらもう違う色。

 

用事があって通った木屋町なのですけど、紫陽花のお陰でだいぶ寄り道してしまいましたひやひや

 

Googleマップ

 

 

 

 


六角農場 街なかのスーパーの屋上に。

オープンして4年以上経っているので今更ですけど、先日初めて行ったものですから。

京都八百一本館は東洞院通を六角通から少〜し上がったところ、おしゃれなスーパーという雰囲気です。

 

その八百一本館の3F(屋上)に六角農場はあります。

 

 

奥に見えるのは農場の北から東に鍵形に設けられたレストランSAVORY

 

 

ここだけ見てると街なかにある畑かな?くらいにしか思えないです。

 

 

端の方には小さな小川が流れていました。

 

 

どうしても繁華街のビルの屋上には見えません。

 

 

階段脇の温室で可愛く育つイチゴたちモグモグ

また農場の片隅で小さな小屋を発見、覗いてみると蜂の巣箱がありました。ミツバチが受粉を助けるのだそうです。

 

エレベーターに乗り3Fで降りると、あらら、ここはどこですか?状態。

レストランのほかにコーヒースタンドホットコーヒーコーヒーキオスクがありましたので、ドリンクをいただきながら畑の眺めを楽しみました。私、田舎育ちのせいか畑の近くは妙に落ち着きますニコニコ

六角農場は近くに来たら必ず寄りたいと思うスポットでした。

 

京都八百屋一本館のHPはこちら

Googleマップ

 

 


霊源院 甘茶の庭

建仁寺塔頭で特別公開されている 霊源院の甘茶の庭「甘露庭」を拝観しました。

 

霊源院は建仁寺の南東に位置します。けっこう分かりにくい場所なのですが、そこここに案内のポスターが設置されていますので、方向音痴の私でも自信を持って山門をくぐれますニコニコ

 

 

こちらの玄関から上がらせていただき、右側の受付で拝観料500円を納めます。

上がるとすぐに「関」の文字が書かれた衝立がありました(なかなか読めませんでしたがひやひや)。「関」とは禅への入門の意を示すもので、「玄関」には禅学に入る糸口の意味もあるそうです。堂宇は意外に狭く、お庭までどどーんと見えます。

本堂北側に仏壇と五山文学(鎌倉末期から室町時代にかけて禅宗寺院で行われた漢文学)で活躍された「中巌円月の坐像」(重文)、その右後方に胎内仏の「毘沙門天立像」(重文)がありました。坐像の左右には木村英輝氏による毘沙門天の襖絵と金沢翔子さん筆の毘沙門天の書が置かれていました。

毘沙門天像を見るとナイトフィーバー♪ナイトフィーバー♪と口ずさみたくなってしまうのは私だけ?たらーっ

 

 

玄関前の甘茶の花の中で、にっこり笑う布袋様。

額アジサイかと思っていましたら、ヤマアジサイの変種で、これがアマチャ(甘茶)の花なのだそうです。

甘茶と言えば4月8日の花祭りに、お釈迦様の誕生仏にかけていたあれですね。

 

 

お釈迦様の一生を凝縮したという「甘露庭」では仏教三大聖樹(無憂樹菩提樹沙羅双樹)が見られます。

こちらは無憂樹(ムユウジュ)で、お釈迦様がお生まれになったところにあった木です。

 

 

お釈迦様はこの木の下で悟りを開いたという、菩提樹(ボダイジュ)です。

葉っぱが、ハートを細長くしたような形をしてるんです。

 

 

お釈迦様が亡くなられたところにあった木で、沙羅双樹(サラソウジュ)。これは姫沙羅じゃないかしら?

 

 

あまり広くはありませんが、趣のある庭園に約250株の甘茶の木が植えられています。

 

 

本堂の東南角からちょっとお庭を。

 

 

お庭の南の方。

塀の向こうに民家やビルが見えるのは、街なかにあるからです。

 

 

庭園は本堂から東に広がり、白・水色・青色に咲き乱れるアマチャの花は、むし暑い季節に涼しさを呼んでくれます。

 

 

山門の内側から。

 

霊源院・・室町時代初期に一庵一麟が龍山徳見和尚を勧請開山として「霊泉院」を創建、後に「霊源院」と改名されます。一方、南北朝時代中期に中巌円月和尚が「妙喜世界」を萬寿寺に建立し、建仁寺に移築、後に「妙喜庵」と改名されます。この2つのお寺が明治時代に合併して「霊源院」となったそうです。

龍山徳見和尚に聞き覚えが!と思いましたら、両足院の開山でした。

 

堂内には2つの茶室「也足軒」と「妙喜庵」がありました。別途500円を納めまして、也足軒で甘茶とお菓子をいただき、お庭を眺めてほっこりしました。

拝観者は多いのですが、ぎゅうぎゅうということはありません。ガイドさんや係りの方も親切で、和やかな雰囲気でゆっくり拝観できました。

 

霊源院ホームページ

Googleマップ

 

 

 



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