雲龍院 (泉涌寺塔頭)

参道を頑張って上って来て、1番上の雲龍院です。前に2回拝観しましたが、何回でも訪れたい寺院です。

あのお抹茶とお菓子をまたいただきた〜い!

 

手前が山門、奥が勅使門です。

 

 

山門をくぐって塀越しに見える龍華殿。広い軒だなぁ。

 

 

拝観受付を済ませて、先ほどの龍華殿にやってきました。

広〜い縁とひんやりとした空気が気持ちいいです。真ん中の障子を開けて、久しぶりにお参りさせて頂きました。

 

 

水琴窟  龍淵のさやけしという名がついています。

大黒天さんが祀られているお台所から、悟りの間に至る廊下で不思議な音が聞こえてきました。

そちらに目を遣ると縁側に出られるようになっています。そこに皇室の紋がデザインされた水琴窟を発見しました。

 

 

この竹筒から、神秘的な音が響いていたのですね。

水琴窟を楽しめるように、座布団が敷かれていました。雲龍院さんは本当に拝観者に優しいです。

 

 

大輪の間から見えるお庭の景色です。

 

 

同じくこちらも大輪の間から。

 

 

悟りの間の方から、大輪の間に向けて。

 

約2年半ぶりに訪れました。ゆっくりと見て回れて、またほっこりできました(´▽`)

 

雲龍院のHPはこちら

ブログ内雲龍院記事→

Googleマップ

 

追記 お台所のちょっと怖い「大黒天」(走り大黒天)さんが、泉山七福神巡り(⇒ウィキペディア)で第五番として祀られています。

 


善能寺(泉涌寺塔頭)

来迎院の向かいにあります善能寺です。

 

こちらの山門も深い緑の中にあって、良い雰囲気です。

 

 

本堂。祥空殿
昭和46年(1971)、ばんだい号墜落事故(⇒ウィキペディア)の遺族の寄進により、航空殉難者の慰霊と事故の絶無を祈願して建立されたそうです。大空にそびえる五輪宝珠に殉難者の無限のいのちを託しています。

 

 

池泉式庭園 遊仙苑

昭和の名造園家 重森三玲氏の作ですが、池泉式庭園の作庭は重森氏には珍しいそうです。
池泉式なのに池が無い?と思ってよく見たら下がコンクリートでした。水が張られて池になるのでしょう。池に映った景色が見たいです。それから紅葉の頃にもまた来てみたい。

 

 

山門をくぐって右側を見るとすごく古い感じのお稲荷さんが祀られていました。こちらは日本で最初の稲荷大明神(荼枳尼天)といわれています。お社の上の扁額には「日本最初稲荷神石社」と書かれていました。

 

善能寺(ぜんのうじ)

本尊は聖観世音菩薩
弘仁14年(823)弘法大師の開基とされ、元は西八条猪熊二階堂町にあった。平城天皇の勅願寺であり、天文24年(1555)、後奈良天皇の命により泉涌寺山内に移された。
境内には日本で最初に祀られたとされる荼枳尼尊天が鎮座する。

洛陽三十三所観音霊場(⇒ウィキペディア)第18番札所である。


こちらは無人の塔頭だということですが、訪れる方も少ないのでしょう。境内ではどなたにもお会いすることなく、ずーっと一人でした。

 

泉涌寺参道から東に分かれた道を来迎院を目指してここまで来たのですけれど、善能寺の山門(右)前のこの階段を上ると、なんと泉涌寺の境内でした。

 

Googleマップ


来迎院(泉涌寺塔頭)

今熊野観音寺と同じく、参道から東(左)へ曲がる分れ道を行きます。

 

やっと着きました。木々に囲れた山門と石橋。風情があるわ〜。

 

 

実はですね、場所は分かり難かったですよ〜。泉涌寺総門前の地図を見ると観音寺の方に行くのだけれど、案内の一つくらいあっても良さそう・・・ってありました、目立たないけど。ゆな荒神 来迎院と書いてあるようですが、楷書しか読めない私に何とか読めたのは下の方の「来迎院」(´Д⊂ヽ)

 

 

観音寺の方に行きまして、途中から道は更に分かれます。

赤い欄干の橋は観音寺の鳥居橋。来迎院の方へ行く道から撮ってます。

 

 

先ほどの山門から入って、正面の階段の上に荒神堂が見えています。

 

 

独鈷水が湧く井戸。(荒神堂に上がる階段の下右側です。)
洞窟のような横井戸で、中央の黒い扉を開け柄の長い柄杓で汲み上げます。
霊元天皇の女官、小少将局の娘は生まれつき目が不自由でしたが、お告げに従い独鈷水で目を洗ったところ、たちまち見えるようになったと伝えられています。

 

 

荒神堂

来迎院の荒神は極彩色の玉眼に、唐風の衣冠束帯を身に付け、この種の木造では日本唯一のものといいます。三宝荒神は本来、火の神として台所、かまどを司るとされますが、こちらの荒神様は「胞衣荒神(ゆなこうじん)という別名があり、皇室の方々の安産の勅願所としても信仰を集めました。現在も安産を祈願する参拝客が大勢訪れているそうです。

 

 

本堂
本尊阿弥陀如来、霊元天皇の念持仏・幻夢観音像、他に大石内蔵助の念持仏・勝軍地蔵等が安置されています。

 

 

含翠の庭

広くはないですけど、何とも風情のあるお庭です。いわれのある石灯篭などもいくつかあるようです。

(左奥の方の屋根が大石内蔵助寄進の茶室含翠軒なのですけど、突然スマホが鳴って、焦って撮り忘れてしまった。・・ストリートビューで見れますけど。^^;)

 

 

こんなに素敵な緑ですから、紅葉の季節はすばらしいだろうなと想像できます。
庭園のみ拝観料300円、お抹茶と御菓子が400円でした。ほっこりできました(*´Д`)

 

来迎院(らいごういん)

山号は明応山。本尊は阿弥陀如来。
弘法大師空海が大同元年(806年)、唐で感得された三宝荒神をこの地にお祀りしたのが始まりとされている。その約400年後の建保6年(1218年)、藤原の信房が泉涌寺の第四世月翁和尚に帰依して一院を興したのが始まりと伝えられる。
荒神堂に安置されている木造の荒神坐像とその護法神五躯(国立京都博物館で管理)は、いずれも鎌倉時代の逸品で重要文化財に指定されてる。
弘法大師が独鈷を用いて掘り当てられたという名水・独鈷水がある。
大石内蔵助寄進による茶室含翠軒(がんすいけん)や、大石の念持仏とされる勝軍地蔵尊をはじめ、赤穂浪士に関する遺品を数多く所蔵している。
泉山七福神巡り(⇒ウィキペディア)4番「布袋尊」札所。

 

来迎院のHPはこちら

Googleマップ

 


今熊野観音寺 (泉涌寺塔頭)

総門から400mくらい歩いたでしょうか、左に長く続く別れ道があります。

昨年の秋に訪れた時、紅葉のグラデーションが素晴らしかったので、青モミジにも期待して 再訪しました。

 

鳥居橋。

デジカメの電池残量が少なくなってきたので、前に撮影したところはあまり撮らないでおくつもりでした。が、朱と緑のコントラストが見事で、やっぱり撮ってしまった。

 

 

手水舎が鮮やかな紫陽花に埋め尽くされていました。すごく奇麗だったので、ここで手を洗ってよいのだろうか?と悩んでしまいました。(洗わせていただきましたけど。^^;)

 

 

子護り大師様。

今回まじまじと拝見。優しいお顔をされていました。

 

 

本堂。

昨年の秋、このモミジはいち早く赤くなっていたなぁと思い出しました。でも、この季節でも もう所どころ赤いです。

 

 

鐘楼の周りも緑のグラデーション。

 

今熊野観音寺については前回の記事に少々記載しています。

追記として、西国三十三ヶ所観音霊場の第十五番札所、ぼけ封じ・近畿十楽観音霊場の第一番札所、洛陽三十三所観音霊場の第十九番札所、神仏霊場会の122番(京都42番)霊場。(観音寺HPより。) 

泉山七福神巡りでは、3番「えびす神」札所。(それぞれのリンクはウィキペディアに貼られています。)

 

頭の観音さん。

前回は見合わせたボケ封じの奉納、今回もパスしてしまった。気がついた時にはもう手遅れでは?ってボケちゃったら気がつかないよねぇ。運転免許を返納したことを忘れて、運転しちゃうみたいに。

そろそろしておくべきかな?

 

今熊野観音寺のHPはこちら

前回の観音寺の記事

Googleマップ

 


悲田院(泉涌寺塔頭)

参道から西に折れて、京都市立泉小中学校東学舎(旧 月の輪中)の校舎に沿って歩きます。

 

突き当りに朱色の門がありました。回りが眩しい緑色ですから、すごく目立ちます。

 

 

門からまっすぐ歩いて行くと、毘沙門天堂がありました。

こちらの毘沙門天様は、除災招福の仏として広く信仰されているそうです。

 

 

お堂の右側から視界が開けて、素晴らしい景観を見ることができました。ベンチもありますので、腰かけて眺められます。参道をずーっと上って来て、あ〜シンド!って体力無い私にはありがたいです(*´ω`)

 

 

毘沙門天堂から山門を振り返ります。綺麗な境内です。

少し奥まった場所にあるせいでしょうか、何方の姿もお見かけしませんでした。

 

悲田院(ひでんいん)
本尊は阿弥陀如来。
聖徳太子が身寄りのない老人や放置されている子供を収容する施設として造られたのが悲田院の始まりといわれる。延慶元年(1308)無人和尚がこれを一条安居院(上京区)に再興し、天台・真言・禅・浄土の四宗兼学の寺とした。
後花園天皇はこの寺を勅願寺とし、これより代々の住職は綸旨を賜わり紫衣参内が許された。また後花園天皇の崩御の際には当院で葬儀や荼毘が行なわれた。
兵乱により衰微するが、正保二年(1645)、如周恵公和尚が高槻藩主の帰依を受け、この地に移し再興した。
本尊の阿弥陀如来立像のほか、快慶作の宝冠阿弥陀如来坐像が祀られ、また土佐光起光成親子と、橋本関雪の襖絵がある。
泉山七福神巡り(⇒ウィキペディア)6番「毘沙門天」札所。

 

Googleマップ

 



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