東福寺 法堂・光明宝殿拝観

京都春の特別公開で、東福寺 法堂光明宝殿を拝観しました。

龍吟庵の後に、こちらももう最終日ね、見ておかなくっちゃって。

定番の臥雲(がうん)橋から眺めた通天橋の画像です。東福寺と言えば私的にこれは外せないひやひや

 

 

今回の拝観にあまり関係がないと思われる山門です。

特別拝観の光明宝殿や法堂内部の撮影はもちろん禁止でしたから、撮ってOKなものは取り敢えず載せておこうと・・。

 

始めに光明宝殿を拝観しました(外観だけでも撮っておけば良かった)

靴を袋に入れて持ち、まずは掛軸などの絵画を拝観。そこそこ混んでいましたので、それぞれの説明文までゆっくりと見ることはできませんでした。次に仏像を拝観します。ほとんどが巨大ですので絵画に比べこちらの方が見やすかったですが、やはり説明をしっかり読んでいる余裕まではありません。大きく力強い二天王立像。運慶作(かも知れない・・)ファンキーな雰囲気の金剛力士像(もちろん私個人の感想です〜)。それから阿弥陀如来坐像、こちらもかなり大きいです。その前にこれまた巨大な牡丹唐草の透彫りの前机などなど。

 

 

法堂(仏殿も兼ねています)。

こちらの内部を拝観できました。昭和期の建築物としては最大級なのだそうですが、まさか昭和の建物だとは思いませんでした。

鎌倉時代の作とされる本尊・釈迦三尊像と、四天王立像が安置されています。四天王立像のうち多聞天が今回の見どころで、運慶の作と伝えられています。右手の親指を立て、戟(げき)を持つ姿などの作風が特長だそうです。

天井には堂本印象が僅か17日で描いたという「蒼龍図」。図の北西の端に恒世印象筆と記されています。

法堂東南の柱は日蓮宗の宗徒さんが寄付したものです。かつて日蓮が他宗から迫害された時、東福寺開山の聖一国師が庇護しました。そのことから感謝の意を込めて寄進されたのだそうです。その後の再建でまた日蓮宗の宗徒さんから贈られたのだそうです。

拝観料は800円でした。

 

 

相変わらず、楓が美しい・・ですが、これは通りがかった塔頭の境内で撮りましたひやひや

 

この日は東福寺の塔頭「龍吟庵」と「光明宝殿」「法堂」を拝観したのですが、受付で800円をお支払いした時に渡されるものはチケットのみでした。ガイドの方が上手に説明して下さいましたし、大切な文化財、全面的に撮影禁止に文句はありません。でも、せめて受付で簡単な説明書きだけでもいただけたらなぁ、と思いました。私のような高齢者は記憶することが難しいのですから(記憶できないのは私だけかな撃沈)。

それともご自由にお取り下さいで、プリントでも置いてあったのかな?私が気付かなかっただけで・・困惑

 

東福寺のHPはこちら

Googleマップ

 


龍吟庵 日本最古の方丈建築

春期京都非公開文化財特別公開で国宝の方丈を持つ「龍吟庵(りょうぎんあん)」を拝観しました。

 

東福寺庫裏の東側、細い小道を北に進むと、まずこの偃月(えんげつ)橋が現れます。この橋を渡った先に龍吟庵があるのですが、特別公開と言っても混み合うことは無い様子で、この橋も周りの景色を眺めながらゆっくりと渡れました。

東福寺の広〜い境内には三ノ橋川が流れ、臥雲橋通天橋偃月橋の3つの橋が架けられています。その最も上流に架けられているものがこちらの偃月橋で、桃山時代の建築です。(重要文化財)

 

 

表門

桃山時代の建築で重要文化財です。

 

 

龍吟庵」と書かれた扁額の一部です。拝観する前にたまたま塀の上に見えました。こちらと開山堂の扁額「霊光」は足利義満の筆によるものだそうです。

 

 

方丈に入りますと国宝の建物を傷つけないようにと荷物を玄関先で保管されました。写真撮影は庭も含め一切禁止。ネット上には龍吟庵の画像がいくつも上がっていますが、いつの間にか厳しくなっていたのですね。

方丈の入り口です。

 

方丈

室町時代応仁の乱以前にに建てられた現存する日本最古の方丈建築で国宝。中央には両開きの板唐戸の入り口があり、その両側に蔀戸、両端の柱間には遣戸が使われるなど書院造りに寝殿造りの趣も留めています。

 

開山堂

1975年の建立で方丈の背後にあります。中央に大明国師坐像、その右に宝冠釈迦如来像、左に亀山上皇像が安置されていました。また大明国師坐像の内からは多くの像内納入品が現われたそうです。

 

庭園

鞍馬の赤石を砕いて敷かれた方丈東の「不離の庭」、白砂を敷いただけの何も無い方丈前庭の「無の庭」、龍が天に昇る姿を表した西庭の「龍門の庭」があります。それぞれ昭和の作庭家重森三玲氏により造園された名園です。

 

枯山水庭園のあの砂紋、引くのはすごく難しそうで大変だと思うのです。しかし我が家にも一か所、持ち主いや飼い主の風流な趣味によって毎日砂紋が引かれる場所があります(猫トイレ)・・いや自慢にはなりませんがく〜

 

龍吟庵

東福寺第三世住持、無関普門(大明国師ー南禅寺開山)の住房跡で、国宝方丈の他、重文の庫裏・表門、大明国師像などの多くの文化財、また重森三玲作庭の名園がある。本尊は宝冠釈迦如来。東福寺の数ある塔頭の中で第一位に位置づけられている。

 

一所懸命説明をされたり、親切に案内をして下さった学生ガイドさん。勤勉で謙虚な姿勢に好感が持てましたニコニコ

 

拝観料は800円でした。

 

Googleマップ


正伝永源院 ゆっくり観賞できました。

織田有楽斎(織田信長の実弟・茶人)ゆかりの建仁寺塔頭寺院「正伝永源院」を拝観しました。

 

山門です。

山門をくぐって左に行くと織田有楽斎や細川家歴代、福島正則などのお墓があります。

有樂斎は織田信長の弟で、長益と号しました。本能寺の変で信長が倒れると豊臣秀吉の配下となります。関ヶ原の戦いでは東軍に属しましたが、戦後も豊臣秀頼の補佐役として出仕を続けました。大坂夏の陣を前にして豊臣家から離れ京都に隠棲、七十五年の生涯を閉じるまで、茶道三昧、悠々自適の生活を送ったそうです。

 

 

鮮やかなツツジが方丈東の庭園を彩ります。

 

 

回廊から。

 

 

方丈前庭を東から撮りました。緑がまぶしいです。

 

 

こちらも方丈前庭。少〜し西から撮りました。

新緑の池泉鑑賞式庭園、池に架けられた石橋の奥でひと際目を引く真っ赤なツツジがとても印象的でした。

 

 

方丈南側の縁から東庭に向かって。

襖絵は元総理大臣細川護熙氏の揮毫で平成24年3月に奉納されました。

 

 

室中から前庭。

緑色の風が吹き抜けるようでした。爽やか!

 

 

本堂の前に掲げられた「正伝院」と「永源庵」の2つの扁額。

正伝永源院は「正伝院」と「永源庵」の2つが統合された寺院です。

明治時代の廃仏毀釈により建仁寺でも多くの塔頭が廃され、無住であった永源庵は堂宇だけを残されました。一方正伝院は京都府による窮民産業所設立のため建物を放棄し、旧永源庵の現在地に移ります。このとき永源庵が廃寺となりますが、「永源」の名が消える事を憂いた細川侯爵によって、2つの寺院は合併し、寺号を「正伝永源院」と改めたということです。

 

 

こちらは茶室「如庵」の写しで平成8年に完成しました。

織田有楽斎が旧正伝院に建立した茶室「如庵」は正伝院永源庵が合併した際に祇園町有志に払い下げられます。その後何度か移築され、現在は名古屋鉄道の所有で、愛知県の有楽苑で保存されているそうです。

 

 

方丈西側の庭と前述の茶室「如庵」。

 

 

方丈の南側の広縁。

 

 

帰る前に名残を惜しんで、もう一度カシャリ!

 

正伝永源院

建仁寺の塔頭寺院、本尊は釈迦如来。

元は正伝院永源庵の二ヶ寺であり、正伝院は文永年間(鎌倉中期1264-1275)に中国僧義翁紹仁勅謚普覚禅師によって開山、永源庵は建仁寺39世無涯仁浩禅師によって正平年間(南北朝時代1346-1370)に開山となった。正伝院は天文年間(1532-1555)に荒廃したが、江戸時代織田有楽斎により再興された。永源庵は無涯禅師に細川頼有が馬上から問法した事が縁で八代に渡って細川家の菩提寺になった。明治期の廃仏毀釈などにより2つの寺院は統合され「正伝永源院」となる。

 

ウィークデイに拝観したせいか、たまたまなのか、ものすごくすいていました。お陰様でゆっくりさせて頂きました。でも、もう少し案内・説明が欲しかったな。(まさか挙動不審なオバサンと思われていたのではたらーっ?)

 

正伝永源院のHPはこちら

Googleマップ

 


緑溢れる山科みささぎの森 森の見世棚市

昨日、みささぎの森で催された「山科森の見世棚市」に誘われて、行って来ました。

めったに乗ったことがない地下鉄東西線で、初めて降り立った御陵駅。場所を模索しながらたどり着いたのが、琵琶湖疎水に沿った自然いっぱい緑あふれる公園でしたニコニコ

 

こんな感じでお店(簡易的な)がいっぱい。

 

 

清水焼の郷がある山科。もちろん陶器のお店が多いのですが、ほかにもアクセサリーやハーブティー、ハンバーガーのお店などなど多様にありました。

 

 

全く同じものは二つとないハンドメイドに心が踊ります。テンションも上がります。実は外出するのはめんどくさかったくせに〜

 

 

新緑が鮮やかすぎてまぶしいくらいです。

 

 

琵琶湖疏水が大好きなのにすっかり忘れていました(それで大好き!と言えるのか!?ひやひや

ここは初めて来たところ、初めて見るトンネル。「第1疏水第2トンネル東口」

疎水名所案内(京都市上下水道局のHP内)

 

Googleマップ

 


法然院 閑やかな趣きと艶やかな椿の花

霊鑑寺の後に、法然院を拝観しました。

以前ぶらりと入ったとき、すばらしい静寂に感動したことを覚えています。

 

法然院といえば、この茅葺の山門ですね。

特別公開中ですから、普段よりもずっと人は多いのだと思います。

 

 

受付を通って間もなく発見した、手水鉢に紅白の椿。苔の緑で更に映えます。

 

 

方丈庭園

池泉座観式庭園で中央に阿弥陀三尊石が配置され、清泉「善気水」が絶えることなく湧き出ているそうです。方丈では狩野光信の襖絵などを鑑賞しました(しかし随分と暗いのですね、懐中電灯を使っての説明でした)

方丈は伏見にあった後西天皇の皇女の御殿を移建したものだそうです。

 

 

椿の庭(本堂北側にある中庭)では、「三銘椿」が並んでいます。

一応 手前から五色散椿(あて)椿花笠椿です。(この写真では何が何だか判らないですねひやひや

 

 

こちらは五色散椿。

通常の椿のように花ごとポタっと落ちるのではなく、ハラハラと花びらを散らすところを偶然目にしましたが、それが何とも言えない雰囲気で・・・。

 

 

あまり陽が当たらないと思われる中庭ですが、美しく咲くいていました。しかも大きいのです、この椿の木々。

 

 

法然院の春の特別公開といえば、水鉢を用いたこのアレンジでしょうか。ネット上でもよく目にします。撮影されている方も多かった!

 

 

書院から見る西の景色。あの小高い丘は吉田山かな?

 

 

方丈と大書院の間にある中庭です。

 

 

山門をくぐるとすぐに見える白砂壇(びゃくさだん)

水を表す砂壇の間を通ることは、心身を清めて浄域に入ることを意味しているのだそうです。

表される模様は季節によって変わるようです。今回は水流に桜の花でした。

 

 

放生池に架かる石橋を渡って少しのところ。前にここに来たときは、この水鉢に菊の花が置かれていました。

 

 

方丈庭園の手水鉢にも紅(ピンク?)白の椿。

 

 

あれ?これはどこで撮ったのかな?数日経ったらもう忘れてる唖然

 

 

山門(内側から)

 

法然院

鎌倉時代に法然上人が六時礼讃を勤めた草庵が始まり。江戸時代に知恩院第38代門主萬無上人が再興した。元は浄土宗内の独立した一本山であったが、昭和28年に浄土宗より独立し、単立宗教法人となる。本尊は阿弥陀如来坐像。他、法然上人立像などが本堂に安置されている。方丈の襖絵は狩野光信筆(重文)。

伽藍内の一般公開は毎年4月1日から7日までと11月1日から7日までの年2回。

 

公開日となるとやはり混みますね。お堂内は人でいっぱいでした。

伽藍は思ったよりも随分広く、黒いスーツ姿(制服かも知れませんね)の学生ガイドさんが良く案内をされていました。

そうそう、休憩所では善気水で沸かしたお茶をいただけます。

閑寂というイメージを持っていましたが、案外親しみが持てるお寺でした。

 

春の特別公開 拝観料は500円でした。

 

法然院のHPはこちら

Googleマップ

 

桜吹雪の哲学の道の後は、椿三昧の一日でした。この季節は桜ばかりですから、椿のお寺はまた別の趣があって良かったですニコニコ

 



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