五条通を歩いていたら(東大路から鴨川まで)

数年前からぼんやりと気づいてはいたのですけど、電線地中化により設置された地上機器を利用して、地元の高名な陶芸作家さんたちが制作された陶板が飾られています。もう何年も前からなのですけど、じっくり見ていなかったなぁ。ぁぁほんまにぼんやりしてる・・がく〜

 

これは陶板の位置や周辺地図が描かれています。まあ五条通の歩道に置かれているこんな箱です。

 

 

先に断わっておきます。今更ですが・・・って。

陶芸作家の皆さんが特別に作られた作品が12点くらい?あります。

 

 

しょっちゅう通っている道なのに、ちゃんと見てなかったなぁ。観光客さんは気付いてはる?

 

 

これ、すごく可愛いです〜ポッ

 

 

この道のためだけに制作されたアート作品。今度はちゃんと見て歩こう。

 

 

この「清水五条陶板の散歩道」の文字は清水寺の森清範貫主が揮毫(きごう)されたものだそうです。

 

 

うかうかしていたら、もう明日から陶器祭りです。

 

 

台風も来てるし、心配なお天気。

 

 

五条通中央分離帯の花壇がちょっと素適だったのでニコニコ

 

歩いたら面白いものがいっぱい見つかる。京都観光は、歩かなくちゃですね。

(私はボーっとしてますので、あらゆるものを見逃していますが・・・撃沈

 

Googleマップ

 


廬山寺 源氏庭

紫式部の邸宅址といわれる廬山寺で、美しい桔梗咲く源氏庭を拝観しました。

 

涼しげな青紫、まだまだ見頃ですよ。

 

 

山門です。左手の板に「源氏物語 執筆地 紫式部邸宅址」と書かれています。その隣に「桔梗見頃」の立て看板。良かった!まだ見頃やったんや!と(調べて無いんかい!?)。

 

 

元三大師堂 。山門を入ってすぐ正面にあります。

元三大師(がんざんだいし)・・比叡山延暦寺の中興の祖として知られる、第18代天台座主 良源(諡号は慈恵大師)。中世以降は民間において「厄除け大師」など独特の信仰を集め今日に至っている。尚、「おみくじ」の創始者は良源だと言われています。

 

 

決して広くは無いですが、風情のあるお庭です。

 

 

白・緑・青紫。むし暑い京都の夏に爽やかなコントラストです。

 

 

庭園内にある紫式部顕彰碑。昭和40年(1965)に考古学者角田文衛博士によって考証され、新村出博士によって「紫式部邸宅址」と揮毫されました。

 

 

6月末から9月の始め頃まで静かに花開くそうです。

眺めているとたまに苔の上をすずめが降りてきて、その可愛らしさに癒されましたポッ

 

 

受付でいただいたパンフには、平安朝の庭園の「感」を表現した白砂と苔の庭 とありました。

実際紫式部が生活した邸宅はどんなお庭だったのでしょうね。

 

 

敷詰められた白砂に気品漂う紫の桔梗。

 

紫式部は人生の大半をこの地で過ごし、源氏物語の執筆もここで行われたということです。また源氏物語作中の花散里の屋敷もこの辺りであったとろうといわれています。(私のHNは花散里ですから、どうしても気になります。)

本堂の縁側に腰掛け、遠く平安の時代に思いを馳せながら穏やかで静かな時を過ごせました。(ストレートに言うと"ずーっと妄想してました"ですたらーっ

 

 

境内東端に残る豊臣秀吉の築いた御土居の史跡

本堂や源氏庭の東にある墓地内の河原町寄り、かなり鬱蒼とした場所にこの石碑がありました。

 

 

 

慶光天皇廬山寺陵。本堂の北東に位置します。慶光天皇は閑院宮典仁親王(かんいんのみや すけひとしんのう)で、第119代光格天皇の父。歴代天皇の表にはありません。⇒ウィキペディア

 

廬山寺

元三大師良源により天慶元年(938年)に京都の北山に創建。寛元元年(1243年)に法然の弟子である覚瑜が船岡山の南麓に再興、中国の廬山にならい廬山天台講寺と号した。織田信長の比叡山焼き討ちは免れたが、豊臣秀吉の寺町建設により、現在地に移転。度々の火災により、現在の堂宇は寛政6年(1794年)の再建になるものである。

 

本堂には阿弥陀如来と両脇に観音・勢至菩薩の阿弥陀三尊坐像が安置されいます。また廊下には源氏貝合せ、資料室?に源氏物語絵巻などが展示されていました。

 

源氏庭は静かで癒されるお庭でしたニコニコ

 

廬山寺のHPはこちら

Googleマップ

 


御旅所の御神輿だけ。

24日の後祭の巡行も行けなかったがく〜泣き顔

 

四条御旅所に並べられた3基の御神輿。

中央「中御座」(八坂神社の本殿中央にお祀りされる為)

八坂神社の御祭神である素戔鳴尊(スサノオノミコト)をおのせします。六角形をした御神輿で屋根に五穀豊穣をくわえた鳳凰をのせています。

左「西御座」(本殿西側にお祀りされる)

屋根に鳳凰をのせた八角形をした御神輿で、素戔鳴尊と櫛稲田姫命のお子様 八柱御子神(やはしらのみこがみ)をおのせします。3基の中で最も重く2トンあるといわれています。

右「東御座」(本殿東側にお祀りされる)

御祭神素戔鳴尊の后神・櫛稲田姫命 (くしいなだひめのみこと)をおのせします。屋根に宝珠をのせた、四角形の御神輿です。

 

24日の巡行が終わってだいぶ経ってから四条御旅所の前を通りましたので、御神霊がお遷しされた御神輿が夕方にお帰りになる前にやっと拝見できました。(でも、この場所は神様がいらっしゃらない時はお土産物屋さんですよね?)

31日の疫神社夏越祭で行事は終了、祇園祭もあとわずかです。ちょっと寂しい。

 


大船鉾・南観音山

大船鉾と南観音山の曳き初めを何とか見ることができました。

 

四条通りと新町通りの交差点にすごい人混み。これはまだ大丈夫!と猛ダッシュして間に合いました(もう鉾は引き返すとこだったけどがく〜)。

 

 

大船鉾は後祭唯一の鉾。大きくて迫力あって、毎年見る度に感激しています〜船ニコニコ

 

 

こちらは、私はどうしても「造船!」と言いたくなる、鉾建て中の画像。

 

 

大船鉾からふと、反対側に目を移すと南観音山も来てました。こちらもすごい混みようです。

今年は前祭の巡行はパスしてしまったから、なんとか後祭の方だけでも見に行きたいなぁ・・とは思うのだけどひやひや

 

 


また宵宵宵山(2017祇園祭)

一昨日の宵宵宵山です。また浮かれて行ってしまいました。

 

先日はこの辺りを通らなかったからまだ見てなかったなぁとこの日は1番に見に行った鶏鉾

 

 

鶏鉾15日の夜の様子(いただきもの)。

 

 

白楽天山。グッズのTシャツがなかなか格好良かったです。山鉾にはそれぞれ個性豊かなロゴマークがあるのですけど、この白楽天山のマークは魅力的ですねぇポッ

白楽天山のHPはこちら

 

 

綾傘鉾。昭和54年に約100年ぶりに復興が成し遂げられ、現在に至っているそうです。

 

 

綾傘鉾の会所はこの大原神社の中にあります。すごい混雑でした。

綾傘鉾のHPはこちら

 

 

先日見たときは鉾建て中で骨組みだった船鉾です。もう立派な懸装品も付いて勇壮な姿に変身!

船鉾のHPはこちら

 

 

15日夜の船鉾(いただきもの)。

 

 

山だけど鉾の形をした岩戸山。グッズのTシャツがなかなか上品で素適でしたニコニコ

岩戸山のHPはこちら

 

 

函谷鉾

函谷鉾のHPはこちら

 

函谷鉾の鉾先を見るとひこにゃんの兜を思い出す。

 

 

大好きな蟷螂山です。これだけは見ておかないと!

カマキリさんが運んできてくれた御神籤(オミクジ)は今回は小吉でしたラッキー

 

ビルの谷間や交通量の多い道路に一斉に山鉾が何基もどーんと現れるのが毎年の事ながら不思議です。今年は鉾に初搭乗しました。月鉾です。思ったより高く感じて意外に狭い。むし暑い中、何人も乗られるお囃子方は過酷だろうなぁと思います。しかも揺れますよね。

 

祇園祭山鉾連合会のHPはこちら

四条烏丸(この辺が中心)Googleマップ

 



calendar

S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< October 2017 >>

selected entries

categories

archives

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM