鴨川鳥さん 9 もうユリカモメ来てるのですね。

今秋初めてユリカモメを見ました。(11月12日)

携帯カメラでズームの上に、元々撮影ヘタだからご容赦を<(_ _)>

正面橋付近。Googleマップ

2羽で仲良く飛んでました。水の上ではヒドリガモたちがプカプカ(´▽`)

 

 

毎年ユリカモメが来る度に、そろそろババシャツ(おっと、ヒートテックだ)を出さなければと、思い浮かぶのです。

 

10日ほど前に散歩したときは、まだ来てる気配はなかったなぁ。

 

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こちらは10日ほど前の鴨川です。

鷺はあまり動かないから私でも撮りやすい。

 

 

岩に打ち寄せる波を見てると海みたい。すごい水量の日でした。

 

 

いつも四条大橋のとこにいるのだけど、この鷺は滝行をしているのか(同じ鷺とは限りませんが)ここは良い餌場なのかな?

 

 

きみも修行中?

 

 

羽をババーンと広げて乾かす鵜。

たま〜にコートをババーンと広げて中を見せる人間がいます。(知り合いでなければ通報しましょう。)

 

 

少し前から不穏な空気を感じてました。10羽ほどの鳩が、私が1m動けば1m、2m歩けば2m 歩いて寄って来る。止まればいっしょにピタッと止まる。速足で逃げれば・・・襲われました。私オヤツも何も持って無いよーー!!なんでやねん( ;∀;)

 


圓徳院にふらっと。

ねねの道を通行中、黄色い石蕗(ツワブキ)に誘われて、ついつい圓徳院に入ってしまいました。

 

唐門
この写真ではちょっと、いや随分見えにくいですけど、上部の扁額には[円徳]と書かれています。

 

 

前後しましたが、こちらが正門です。
圓徳院は木下家の屋敷となっていたため、長屋門の形態がとられています。

 

 

まずは方丈に上がらせていただきます。入口は方丈、出口は北書院にありますので、靴をビニル袋に入れて持ち歩きます。

方丈南庭
奈良国立文化財研究所の故森蘊博士の指導による徳村宗悦氏の作庭。
手前に白砂、その周りは苔地に植栽、大小の岩が配されています。また、ねね様を想い、長屋門からこの南庭までできるだけ花や紅葉を愛でられるように工夫されているそうです。

 

 

方丈内部の様子
写経や写仏などをされている方々がいらして、邪魔をしてはいけないと襖絵などをささっと見て出てきてしまいました(小心者なので)
パンフにもある赤松燎画伯の「白龍」の襖絵は室中ご本尊様の前の襖でした(写真の右の方)。しかしその襖、開いていたので全景を鑑賞できませんでした(閉まっていればご本尊を拝めないです・・)
左のきらびやかな襖絵は「雪月花図」。作者の志村正氏は赤松画伯のお弟子さんだそうです。

 

次に、西側の廊下を通って方丈の裏側に行きました。

長谷川等伯の襖絵(重文-レプリカ)は裏廊下から少し奥まったところでガラスケースの中に展示されていました。桐紋柄の唐紙の上に描かれた「冬の絵」です。至近距離からの鑑賞とガラスに他のものが映るせいで、ちょっと見ずらかったですね。

 

 

渡り廊下を歩いて行くと、蔵がありました。観音開きでどっしりとした扉です。
入ってみると正面と右にガラスケースがあり、右は織部の陶器など、正面は三面大黒天を中心にした花曼荼羅が展示されていました。ケースの下には古い木箱などがしまわれていて、ほんまに蔵!という雰囲気でした。

 

 

渡り廊下をさらに進んで、北書院に来ました。ここで北庭を鑑賞します。

 

 

北庭は国指定名勝になっています。
圓徳院HPよると、伏見城の北政所化粧御殿の前庭を移したもので、当時の原型をほぼそのままに留める桃山時代の代表的庭園のひとつ。賢庭作で後に小堀遠州が手を加えたものだそうです。

賢庭は秀吉の死後三宝院の作庭に携わるなど、石組の「天下一の名手」とうたわれた人です。

 

 

移築の際に敷地面積が縮小したことからこれを枯池泉座視式に改めて、その後さらに小堀遠州によって整えられたのが今日にまで伝わる姿だそうです(ウィキペディアより)

 

 

枯池泉に架かる橋はどれも分厚くて迫力がありました。
多数の巨岩大岩がふんだんに置かれている庭は珍しく、これが桃山時代の豪華さ、豪胆さなのだそうです。(圓徳院HPより)

 

 

 

書院の北側に隣接するお茶室です。

こちらの小間では一人1500円(記念扇子付き)でお手前をいただけるそうです。

 

 

お庭を眺めながらのお抹茶もありますよ(500円)ということで、いただきました。
金箔を乗せた瓢箪型のきんつばは、秀吉の馬印である千成瓢箪をイメージしています。甘さ控えめで、すごーく美味しかったです。

 

 

こちらに三面大黒天様が祀られています。

秀吉公の出世守り本尊「三面大黒天」は、大変珍しい大黒天・毘沙門天・弁財天の三天合体の尊像です。
こちらのお世話をしている方が、ここはものすごいパワースポットだと仰っていました

 

 

歌仙堂と手前の石には「歌仙堂再建記」が刻字されていました。
北政所ねねの甥、木下勝俊(出家して長嘯子ちょうしょうし)が祀られています。数多くの優れた和歌を残し、「歌仙」と称された近世を代表する歌人です。
三年坂にある青龍苑は古くは木下長嘯子の隠棲の地であったことが知られています。

 

 

唐門前を彩る石蕗(ツワブキ)。鮮やかな黄色!葉っぱの形も可愛いです。

 

 

高台寺の台所坂も紅葉はこんな感じ。2,3日経ってしまっているので今はもっと進んでいるでしょう。

 

圓徳院
豊臣秀吉の妻、北政所ねねが高台寺を建立した後、伏見城の化粧御殿とその前庭を山内に移築して移り住んだ。ねねは77歳で没するまでの19年間をこの地で過ごし、終焉の地となった。
圓徳院はねね没後9年目の寛永9年(1633)、ねねの甥である木下利房の手により三江和尚を開基に、木下家の菩提寺として開かれ、高台寺の塔頭とされた。

臨済宗建仁寺派、本尊は釈迦如来。

 

スタッフの皆さんはとても親切でした(´▽`)

 

圓徳院のHPはこちら

 (関連 高台寺の記事)

Googleマップ

 


相国寺 秋の特別拝観 蟠龍が鳴きます。

御所の北に位置する 臨済宗相国寺派の大本山相国寺を拝観しました。

 

法堂

 

 

総門です。左側にちょっこ見えるのは勅使門の屋根です。

今出川通りからここまで、両側は同志社大学のレンガ造りが続きます。京都は至る所に和洋折衷だわ。

勅使門の正面に放生池があり、その次に建仁寺東福寺のような三門が建っていると想像していたのですが、天明8年(1788)の大火で焼失したまま再建されていないそうです。そのせいか、つき当たりの法堂が堂々と見えて更に印象的でした(一番上の画像は法堂の正面)

 

 

その法堂から拝観しました。慶長10年(1605)、豊臣秀頼の寄進により5回目の再建をし、現存する法堂の中では最古のものだそうです。

天井の「蟠龍図」は狩野光信筆。400年以上経っているのに色彩は鮮やかでした。また八方睨みで鳴き龍としても有名です。指定された場所で手をたたかせていただきましたが、パーン!と大きな音ですごく反響しました。

 

 

方丈です。

前庭は白砂を敷き詰めただけの枯山水で「無」を表現。白砂は陽光の反射を利用して室内を明るくし、法堂の姿を立派に浮き立たせる効果があるそうです(法堂の背後に方丈がある)

 

方丈南側の3室は、東から、竹の間・室中・梅の間で、それぞれ襖絵は、竹の間に玉潾和尚筆「竹林図」、室中は原在中による「普陀落山図」、西側の梅の間は相国寺第115世維明和尚によって描かれた躍動感ある「老梅図」です。維明和尚は伊藤若冲に付いてしっかりと画を学んだ方です。廊下西側の杉戸絵は原在中による「白象図」、どっしりとした存在感です。

 

室中には加藤信清による、観音経の文字を連ねて全ての線を描いた「観音菩薩画像」が掲げられていました。部屋の前に拡大された写しが展示されていましたので良〜く見てみましたら、あら、ほんと!江戸時代のAAだわ!

 

 

方丈の西側を回って裏庭園に行きます。

 

 

方丈裏の落縁と庭園です。

西側の部屋には歴代住持専用の立派な御駕籠が置かれていました。部屋の名は琴棋書画の間です(しかし、名前と襖絵はなんとなく覚えているのに、この部屋にあった記憶がどうしてもありません)

真ん中は御所移しの間、御所の清涼殿より拝領した襖絵「吉野山桜図」(伝 土佐光起筆)はとても優しい雰囲気。

東側の聴呼の間は、住職がその日の予定などを告報するために使用する部屋で、襖絵は原在中による「仙人図」です。

 

 

庭園は手前を谷川に見立てて掘り下げ、奥に築山を設け、室内に居ながら深山幽谷の風情が感じられるそうです。

 

 

香積院と称す大きくて立派な庫裏(拝観はありません。)

 

 

次に開山堂を拝観しました。

開山堂は法堂の東にあります。開山夢窓国師の木像を安置している堂で、境内で最も神聖かつ大切な場所です。

応仁の乱で焼失再建の後、天明の大火で焼失。現在の建物は文化4年(1807)、桃園天皇の皇后 恭礼門院の黒御殿を移築し、開山堂に改めたものです。前広縁の三方に落縁をもち、高欄(手摺り)を備え、内部と共に御殿の様式をとどめているそうです。

 

 

前庭(南庭)は室町時代の作庭で、手前が白砂敷きの枯山水、奥はなだらかな苔地築山に奇岩を配し、樹木が植えられています。このような二様の庭が一体となっているのは、禅宗寺院では珍しいということです。二つの形態が見事に調和した美しい前庭でした。

また、白砂の向こうにある水路は龍渕水と呼ばれ、創建当時は境内の水路に通じ、賀茂川の水を御用水として御所に流していたそうです。

 

 

有名な承天閣美術館にも行ってみました。

緑の美しい小径を通り、この正面が承天閣美術館です。

現在は企画展「茶の湯-禅と数寄」を開催しています。恥ずかしいことに私は茶の湯の嗜みなど全くありません。しかしせっかくここまで来たのですから、入館することにしました(常設の若冲の作品見たさに)

鍵付きのロッカーに履物を収納してから入ります。ロビーは(主観的に)ちょっときついお香の薫りがしました。第一展示室から回廊を通って第二展示室に行きます。回廊にはベンチが置かれ、お庭を見ながらほっこりできました。企画展関連のものはもちろん、鹿苑寺の茶室の復元や、若冲の障壁画など、工夫された展示はとても見応えがありました。

 

 

境内で撮った建物です。

鐘楼 洪音楼。袴腰付鐘楼ともいわれ、大型のものでは現在有数のものだそうです。この日の鐘楼は見たとおり・・・(;´・ω・)

 

 

弁天社

 

 

浴室。平成14年に復元修復されました。宣明(せんみょう-浴室の別名)とも呼ばれているそうです。(春期特別拝観で公開されているようです。)

 

 

天響楼(てんきょうろう)。平成22年夏に建立した新しい鐘楼で、中国開封大相国寺により友好の記念として寄進された鐘で、般若心経の経文が刻されています。

 

 

鎮守 八幡宮

 

 

経蔵

 

相国寺

臨済宗相国寺派の大本山。正式名称は萬年山相國承天禅寺。本尊は釈迦如来像。開山は夢窓国師。
足利義満の発願で花の御所と呼ばれた室町第の東に創建された。1392年に伽藍が完成したが、その後は度々焼失と再建を繰り返した。法堂は慶長10年(1605)、豊臣秀頼の寄進により再建したもので、現存最古 最大級の法堂建築。文化4年(1807)恭礼門院(桃園天皇皇后)の黒御殿を下賜され開山堂を再構、方丈・庫裏等も共に再建された。

境内に本山相国寺を始め十三の塔頭寺院があり、山外塔頭として鹿苑寺(金閣寺)、慈照寺(銀閣寺)、真如寺がある。なお全国に百箇寺の末寺を擁している。

京都五山第二位に列せられる名刹で、文化財も多く、昭和59年(1984)に一山に伝わる美術品を受託し、保存、展示公開などをする承天閣美術館が建設された。

 

世界遺産金閣寺・銀閣寺の京都禅寺界2大スター??を塔頭にする相国寺とはどんな寺院なのだろう?一度は見ておきたいと、この日初めて訪れました。境内全体が厳かで落ち着いた雰囲気、方丈や開山堂も丁寧な説明文を読みながらゆっくり拝観できました。あとひと月もすれば紅葉の庭園を観賞できるのかな。

 

相国寺のHPはこちら。 (関連)慈照寺(銀閣寺)の記事はこちら

Googleマップ

 


平安神宮神苑 無料公開に行って来ました。

9月19日、暑いときは室内でゴロゴロ!がモットーなのに、無料という言葉にふらふらとなびいてしまいました(^^ゞ

 

応天門をくぐって、真正面の大極殿。雲一つない青空に人影のない白砂、これは撮っておかないと。

大極殿と左右の白虎楼蒼龍楼とそれを繋ぐ回廊。巨大な霊鳥が翼を広げたように見えます。

 

白虎楼側にある神苑入口から、まずは南神苑に入苑します。

昭和56年、南神苑に「平安の苑」が開設された日を記念して、この日は無料で公開されるのだそうです。

すごく混んでいるのかなと思ったらそうでもありませんでした。

この季節は何が咲いてるのかなと見渡すとほとんど萩、初秋の苑に相応しいお花なのでしょう。

 

 

南神苑に陳列されている、長年チンチン電車の愛称で親しまれてきた「日本最古の電車」です。

明治28年に日本最初の交通運送業電車として京都電気鉄道が運行したもので、後に京都市に合併され、昭和36年に廃止されました。平安神宮創建とも深い関係があることから京都市より払い下げを受け、記念として保存されているそうです。(説明板より)

 

 

昭和44年、野筋と遣水が設けられ、昭和56年には古今和歌集・源氏物語・枕草子など往時の代表的文学書に登場する草木約180種類を植栽して、王朝文化を偲ばせる「平安の苑」としたそうです。(駒札より)

この日は落ち葉がいっぱいであまり綺麗とは言えないけど、遣水に青空がくっきりと映っていました。

 

 

紅萩は可愛いですね。このお庭は白萩も多かったですよ。

 

 

オミナエシ。

あと、ススキもありました。秋の七草だ。

 

 

西神苑白虎池の端っこ。とっくに終わってる睡蓮と花菖蒲とか?春に来た時にはそれはそれは素晴らしかったです。また来年のお楽しみ。

 

 

西神苑から小川沿いに歩いて行くと中神苑蒼龍池に出ます。

 

 

逆さの景色も美しい。映った空は実際よりも濃い青でした。

 

 

円柱型の石柱を続けた臥龍橋は、天正年間に豊臣秀吉によって造営された三条大橋と五条大橋の橋脚が利用されています。公式HPによれば、この橋を渡る人には「龍の背にのって池に映る空の雲間を舞うかのような気分を味わっていただく」という造園家小川治兵衛の作庭の意図が織り込まれているそうです。

その臥龍橋を渡ってみました。池に落ちないことだけに気持ちを集中しなければならなかったので、雲間気分を味わえる余裕はありませんでした。が、多少の恐怖を味わえました(;´・ω・) 怖がりなので、ぴょんぴょんと渡って行ける人、羨ましいなぁ。

 

 

素敵な緑。でも水面は場所によってあまり綺麗じゃなかったの;つД`) この季節はこういうものなのかしら?

 

 

東神苑 雄大な栖鳳池

 

 

京都御所から移築された泰平閣(橋殿)。

意外に空いているなと思った神苑ですが、橋殿は満員でした。(シルバーシート作ってください(;´Д`)

 

 

明治末期から大正初期にかけて造られた東神苑は、御所から移築された泰平閣尚美館があり、広大な栖鳳池には鶴島亀島の二島を配しています。八重紅枝垂桜・さつき・椿など多様な花木が植栽され、また東山を借景とした神苑は明治時代を代表する名庭です。(駒札より)

 

6月の無料公開の日に比べるとだいぶ人は少なく感じました。咲いているお花もあまり無いですし、紅葉にはまだまだ早い。その分ほんまにゆっくり散策できました(´▽`)

 

平安神宮のHPはこちら

Googleマップ

 

 


多少涼しくなったかな?で、三年坂から少しの散歩。

暑すぎて散歩もめんどくさかったのです。何という物ぐさな。これではボケ街道まっしぐらだわ と、また三年坂から復活。何だか毎年これやってるような?

 

月曜日なのに意外に混んでるわね〜?って思ったら今日は敬老の日でした(;´Д`)

ボケ防止に散歩して、ボケてることを認識した誰からも敬われない老人です。

 

 

青龍苑の池の畔のススキ。もう秋の気配を感じます(まだめっちゃ暑いけど)

三年坂の階段を降りてイノダコーヒーを通り過ぎ、京漬物の西利さんの並びの門をくぐって奥に広がる庭園が青龍苑です。 Googleマップ

 

 

秋の気配と言いながら、青モミジもまだ綺麗!

 

 

二年坂も大勢の人。でもまあ、これくらいならね、大したことないか。

しかし、スタバをチラッとのぞくと人いっぱいですよ。

 

 

二年坂の建物の隙間から見える八坂の塔

 

 

スタバをあきらめたお年寄りは、もうそろそろ一休みしたいなと高台寺のスロージェットコーヒーへ。ここからの眺めが好きなんです。Googleマップ

 

 

10月30日オープンというパークハイアット京都が、維新の道を挟んだすぐそばに見えます。

 

そして冷たい飲み物をいただきながら景色を楽しんで・・・・・。家に着いた途端バタンと寝ました。

 

先月お盆のさなかに、貴船神社辺りは涼しいのではないかと行ってみましたらとんでもない!暑かった、混んでいた(;´・ω・)。で、突然具合が悪くなりました。場所が場所だけに何かにとり憑かれたのではないかいな?と思うほど。それからぐだぐだ生活をしばらく送って、やっぱり暑い時はゴロゴロに限るわという結論にたどり着きました(^^ゞ

 



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