悲田院(泉涌寺塔頭)

参道から西に折れて、京都市立泉小中学校東学舎(旧 月の輪中)の校舎に沿って歩きます。

 

突き当りに朱色の門がありました。回りが眩しい緑色ですから、すごく目立ちます。

 

 

門からまっすぐ歩いて行くと、毘沙門天堂がありました。

こちらの毘沙門天様は、除災招福の仏として広く信仰されているそうです。

 

 

お堂の右側から視界が開けて、素晴らしい景観を見ることができました。ベンチもありますので、腰かけて眺められます。参道をずーっと上って来て、あ〜シンド!って体力無い私にはありがたいです(*´ω`)

 

 

毘沙門天堂から山門を振り返ります。綺麗な境内です。

少し奥まった場所にあるせいでしょうか、何方の姿もお見かけしませんでした。

 

悲田院(ひでんいん)
本尊は阿弥陀如来。
聖徳太子が身寄りのない老人や放置されている子供を収容する施設として造られたのが悲田院の始まりといわれる。延慶元年(1308)無人和尚がこれを一条安居院(上京区)に再興し、天台・真言・禅・浄土の四宗兼学の寺とした。
後花園天皇はこの寺を勅願寺とし、これより代々の住職は綸旨を賜わり紫衣参内が許された。また後花園天皇の崩御の際には当院で葬儀や荼毘が行なわれた。
兵乱により衰微するが、正保二年(1645)、如周恵公和尚が高槻藩主の帰依を受け、この地に移し再興した。
本尊の阿弥陀如来立像のほか、快慶作の宝冠阿弥陀如来坐像が祀られ、また土佐光起光成親子と、橋本関雪の襖絵がある。
泉山七福神巡り(⇒ウィキペディア)6番「毘沙門天」札所。

 

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