即成院(泉涌寺塔頭)

泉涌寺の塔頭巡りをしましたので、しばらく続けて書きます。

 

まずは泉涌寺総門より手前に位置する即成院です。

 

山門です。参道の左側(北側)にあります。
屋根の上の鳳凰は創立者の橘俊綱(たちばなのとしつな)が、父 藤原頼通が建立した宇治平等院の鳳凰と向き合う形にさせました。当初は伏見桃山にありましたが、現在の場所に移った今日でも平等院の鳳凰と向き合っているそうです。

 

 

本堂です。
こちらで、近年では仏像のオーケストラと呼ばれている重要文化財「阿弥陀阿如来と二十五菩薩」を拝観しました。その大きさと荘厳な雰囲気は圧倒的で、暫し無言で見とれていました(一人の拝観なので喋っていたら危ない人だけど)

本堂に上がらせていただく拝観料は500円でした。

 

 

那須与一の墓所です。(本堂の後ろの方のガラス戸から、このお墓まで渡り廊下で続いていました。)
源平合戦屋島の戦いで扇の的を射て、源氏を勝利に導いた那須与一は合戦前に突然の病に倒れました。そして伏見で療養中に即成院の阿弥陀様を熱心に信仰されたそうです。その霊験で病も癒え、屋島の戦いではすばらしい功績を上げたとされています。与一はその後出家し、合戦で亡くなった方々の菩提を弔い、即成院で生涯を終えたと伝えられています。
お墓の形が何気に加茂茄子!?

 

即成院(そいくじょういん)
山号は光明山。本尊は阿弥陀如来。
宇治平等院を建立した藤原頼通の子で歌人 橘俊綱(たちばなのとしつな)の創建。明治の廃仏毀釈の影響でいったん廃寺となり、明治32年(1899)に泉涌寺塔頭の法安寺に吸収合併された後、明治35年総門近くの現在地に移された。昭和16年(1941) 即成院へと寺号が復活する。
本堂内陣の本尊 阿弥陀如来と二十五菩薩は、寛治8年(1094)に作られたものと言われ(一部江戸時代の補作)、国の重要文化財。
また、那須与一ゆかりの寺としても知られている。

泉山七福神巡り(⇒ウィキペディア)では1番。「福禄寿」が祀られています。

 

即成院のHPはこちら

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