三嶋神社 長〜い歴史のあるとても小さな神社。

五条通と七条通りの間くらいにある渋谷通り(シブタニ通りね。シブヤじゃないのよ)を東大路から東に上って300mくらい、左(北)側のマンションの裏手にある小さな神社です。

前回記事の「香雪院」からは渋谷通を挟んですぐ近くです。

 

マンションの西側の狭い道を入るとすぐに三嶋神社の幟(のぼり)が見えます。

 

 

幟があるのは道路の右側、その向かい(道路の左側)が社務所で、しめ縄が張られていました。

 

 

社務所に沿って曲がると手水舎があります。

 

 

神社は道を挟んで向かい側、先ほどの幟(のぼり)があるところです。(この細長い敷地は鰻の寝床?)

 

 

社殿
主祭神は、大山祇大神(おおやまづみのおおかみ) 天津日高彦火瓊々杵尊(あまつひだかひこほのににぎのみこと) 木之花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)の三社。

 

 

絵馬
ご祭神である大山祇大神のお使いが「うなぎ」だということです。2匹のうなぎが描かれたものは子授け、3匹描かれたものは安産祈願の絵馬だそうです。

鰻の供養祭である「鰻放生大祭」が三嶋神社の祈願所がある瀧尾神社(三嶋神社の南西約1,2km)で毎年10月26日に行われています。

 

 

揺向石(ようこうせき)
かつて牛若丸が参籠した際、夢の中に現れた翁より「早々に奥州に下るべし」との託宣を聞き、夢より覚めて再拝し翁の立ちどころを見ると、この大きな石があったという逸話があるそうです。この石は揺向石と言われ、妊婦が男子の授けを祈願し、石に手を触れてお腹を撫でると牛若丸のような立派な男子が授かると伝えられています。

 

 

鳥居上の神額
やっぱり鰻がいるのね。三嶋の三の字も鰻だなぁ。
 

三嶋神社
平安時代後期 子宝に恵まれないことを憂いていた後白河天皇の中宮・平滋子建春門院は子授けにご利益があるという三嶋神社に祈願し、皇子(後の高倉天皇)が誕生する。これを喜んだ後白河天皇がこの地に三嶋神社を勧請したのが始まりといわれる。
大変小さな現在の神社ですが、秋篠宮殿下が平成6年・15年と2度参拝されているそうです。

 

Googleマップ

 

また体調を崩してしまって、散歩は歩いて行ける範囲だけといういう言い付けを守ってます。乗り物に乗るようなら散歩とは言わないか・・。

 



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