香雪院 妙法院塔頭の尼院

「東山聖天尊」の石柱が建つ香雪院は、京都女子中学高校と付属小学校の間の道で渋谷通から南下したところにあります。東山七条の女坂(豊国廟参道)の入り口にも東山聖天参道の石標がありますが、あまり目立たないですね。
たま〜にこの道をを通ることもあったのに今までノーマークでした。ふと門の中をのぞいて見ると「ご自由にお参りください」の文字が見えましたので、それじゃぁちょっとだけと入らせていただきました。

 

山門。左に東山聖天尊の石柱が建っています。(良く見えないけど・・)

 

 

 

山門をくぐると右側に鎮守社と石仏さん達が並んでいました。

 

 

左手にあるこの門から更に中へ入らせていただきます。

 

 

門をくぐって左を見ると手水舎の奥にゾウさんの像。

聖天尊(歓喜天)は仏教の守護神である天部(インド古来の神が仏教に取り入れられて護法神となったもの)の一つで、象頭人身の単身像と抱擁している双身像の2つの姿の形像が多いということですので、それでここにゾウさんが居はるのかな?

 

 

石の鳥居の奥に弁天堂と本堂があります。

 

 

立派な鐘楼がありました。

 

 

手入れの行き届いた綺麗なお庭でした。

 

 

歓喜天が安置されている本堂です。

歓喜天は厨子などに安置され秘仏として扱われ、一般に公開されることは少ないそうですから、もちろん見ることは出来ませんでした。

 

 

弁天堂です。
両脇の板に弁財天十五童子出自由来が描かれていました。(十五童子は帰ってから確認しようと撮影したのに、ピンボケで良く分からなかった^^;)

 

 

弁天堂で頭上に目をやるとこんなに素敵な花天井でした。
 

香雪院

山号は宝山、天台宗の尼寺で妙法院の塔頭。本尊は聖天尊。
寛保年間(1741-1743) 妙法院23世・尭恭親王が、持仏の聖天像(慈覚大師が唐から持ち帰ったといわれる)をお祀りするための堂を妙法院の丑寅の方角にあたる場所に建て、庵を結んだことに始まる。江戸時代後期より衰微したが、明治初期1877年頃、初代・中島良湛尼以来、尼院として復興する。

1940年に香雪院を継いだ3世・中島湛海尼は、天台宗の尼僧初の最高位 大僧正となられた方だそうです。

 

Googleマップ

 

優しい雰囲気の素敵なお庭に、ちょっとだけと思いながら随分長居をしてしまいました。ところどころに美しい葉が茂っている蓮鉢がありましたから、お花の咲く季節になったらまた見に行きたいと思います。

 



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