常寂光寺 新緑

常寂光寺は慶長年間(1596-1614)に 大本山本圀寺 第16世究竟院日脳綽佑砲茲螻創された日蓮宗の寺院です。紅葉の美しい小倉山中腹の斜面にあり、常寂光土のような風情からこの名が付けられたとされています。

 

山門

太い角材を格子に組んで造られ、閉門しても隙間から参道が見える開放的な山門で、江戸中期に作り変えられたものだそうです。ここから仁王門、本堂へとまっすぐに続いています。

 

 

仁王門(この画像はクリックで拡大します。)

もと本圀寺客殿の南門として貞和年間(1345〜1349)に建立されたもので、元和二年(1616)に移築され、仁王門としました。境内建築物の中で、最も時代の古い建物だそうです。

美しい青紅葉のトンネルの中に建つ茅葺屋根の門は、何とも言えない風情がありました。

この門をくぐって、少し急な階段を上ると本堂があります。

 

 

本堂

慶長年間(1596-1615)に小早川秀秋の助力を得て、桃山城客殿を移築して造営されました。江戸期の文献、資料では、本瓦葺きの二層屋根となっていますが、昭和七年の大修理の時に改修されたそうです。

 

 

ネコさん猫

首輪もしていますし、飼い猫さんでしょうね。ようこそお越しやす〜、と 現れました。全く物怖じしないけど愛想もあまり良くない。遊んでもらえなかった泣き顔

 

 

妙見堂

妙見菩薩は、北極星または北斗を象徴した菩薩様であることから、妙見尊星王、北辰妙見菩薩などといわれます。

こちらの妙見菩薩は、慶長年間の保津川洪水の際、上流から流れ着いた妙見菩薩御像を麓の一船頭が拾い、久しく町の集会所にお祀りされていました後、享和年間に常寂光寺境内に遷座されたのだそうです。爾来、常寂光寺の歴史とともに様々な寄進もあり、年々立派に護持されてきた妙見様で、洛陽十二支妙見「酉の妙見」に数えられています。

 

 

鐘楼と本堂前の小径。

鐘楼は寛永18年(1641)に建立され、梵鐘は第二次世界大戦中の金属供出により失われました。現在の梵鐘は昭和48年に鋳造されたもので、毎日正午と夕方5時に所定の数を突いているそうです。

 

 

モチツツジ

花弁が普通より細長いツツジでした。本堂周辺の至る所でこの薄い赤紫色が目を引きました。

また、庫裏や本堂の付近ではシャクナゲも綺麗でした。

 

 

庭園

本堂の裏手にある苔むした庭園で、細長い池があります。池の畔に咲く赤やピンクのツツジが可憐で、時間さえあればずっと眺めていたいお庭でした。縁に腰掛けてのんびり観賞されている方が多かったですよニコニコ

 

 

ゆるやかに続く階段の多い境内です。

他に竹林もあったりと、散歩の経路は色々。ついつい寄り道をしたくなる小径が多いです。

塀の無いお寺ですから、山なのか境内なのか境界が曖昧です。小倉山の木々に囲まれて自然と一体になった寺院という感じです。

 

 

多宝塔(重要文化財)

辻藤兵尉直信の寄進により元和2年(1620)に建立されました。高さ12m。釈迦如来、多宝如来の二尊が祀られています。正面の額には「並尊閣」と書かれ、霊元上皇より正徳5年(1715)に賜ったものだそうです。

「そうだ京都、行こう。」の2007年初秋のポスターにも使われている大変趣ある建物です。

 

多宝塔から更に登ると展望台があります。これはそのもう少し下の歌仙祠のあたりから撮りました。かなり良い眺望です。中央の高い山は比叡山かな。

 

渡月橋付近の人混みはすごいですけど、この辺りまで歩けばその喧騒はありませんでした。

瑞々しい新緑の中に佇む常寂光寺は、何度でも訪れたいと思う寺院でした。もちろん紅葉時にも(それまでに人混みに慣れておかないとがく〜)。

 

常寂光寺のHPはこちら

Googleマップ

 

 

 


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