建仁寺「開山堂」を拝観しました。

「京の冬の旅 非公開文化財特別公開」で、先日は大徳寺の本坊などを拝観しましたが、今回は建仁寺の「開山堂」に参りました。
わり合い狭い境内ですからすぐに分かるだろうと、何の予備知識もなく南の勅使門の脇から入って、あれ?開山堂ってどこだっけ?ってひやひや とりあえず東方向に歩いてから北上すると、看板が立っていたのでなんとか見つかりました(少しは予習しておきましょう)。


この入り口をくぐれば写真撮影はお庭も含めて一切禁止になります。特別公開のお約束のようなものですね。
受付を通るとすぐに方丈(客殿)の広縁に出ました。私のおぼろげな記憶によると、下間の「白梅群禽図」は白梅を背景に様々な鳥、その中で錦鶏(キンケイ)は一際大きく描かれていました。室中の中央にはお釈迦様が祀られ、東側には雲間に現れた龍、西側には竹林にうずくまる虎の障壁画がありました。この虎はなんだか可愛かったですポッ 上間には「松鶴波図」。上間、室中、下間で 松・竹・梅 の絵になりますと係りの方が仰っていました。なるほど〜。また、広縁東端には「孔雀図」と「滝図」の杉戸絵がありました。この杉戸絵と「白梅群禽図」「松鶴波図」は原在中、室中の「龍虎図」は加藤文麗の作品です。



こちらは境内に面している「宝陀閣(ほうだかく)」と呼ばれる楼門です。
明治18年に右京区の妙光寺の山門を移築したもので、平成になり半解体修理が行われました。階上に安置される陶製の十六羅漢像は今回の特別拝観のために方丈の室中に飾られていました。明治から大正に渡る当時の名工さん達の作だそうです。
この奥、中央正面に「開山塔」が建てられ、廊下を経て北側に上述の方丈(客殿)があります。
開山塔は礼堂、相の間、祠堂(真室)の3室からなり、手前(西側)の礼堂から奥を見ると右に開基「源頼家公」の坐像、左に亀趺(きふ・・亀の形をした碑の台石)の上に立つ「木碑祖師塔銘(開山の略歴文)」がありました。相の間の中央には栄西禅師の座棺を埋葬した石檀が築かれています。祠堂までは暗くて見えませんでしたが、栄西禅師坐像と乙護摩天童像が安置されているそうです。
床は瓦の目地が縁に対して45度になるように斜めに敷かれた四半敷きで、寺院ではこの敷き方が多いということでした。礼堂の上方には後土御門天皇より賜った「華蔵世界」と書かれた扁額が掛けられていました。
瓦敷きの床に高い天井のせいでしょうか、もちろんここが廟所ということもありますが、特別な雰囲気のする空間でした。

余談ですが、「木碑祖師塔銘」を乗せている亀趺の亀は贔屓という重きを負うことを好むといわれる伝説上の生物だそうです。

案内の方の説明は分かりやすかったですニコニコ



開山堂内部の写真は撮れませんでしたので、ここからはその周辺です。
こちらは「茶碑」。開山栄西禅師は中国から茶種を持ち帰り、日本において栽培し、普及と奨励に勤めたことから日本の茶祖としても尊敬されています。



茶碑後方にある「平成の茶園」。
駒札に [「茶」将来八百年(平成3年)を記念して植樹栽培した覆い下茶園です。毎年五月十日頃、初摘みした茶葉を石臼で挽いた抹茶を御開山毎年忌にお供えし、ご遺徳茶思に感謝の誠を捧げます。] と書かれていました。



桑の碑」。栄西禅師が記した「喫茶養生記」は上巻には茶の効用、下巻には桑の効能が詳述され、諸病を冶するには仏教に順じた生活をすることが肝要であるが、桑樹は妙薬であり諸仏菩薩の樹であると説かれたそうです。



せっかくですから建仁寺の建造物で前回の記事に載せなかったものを少し。
「三門」です。大正12年に静岡県浜名郡の安寧寺から移建したもの。「望闕楼(ぼうげつろう)」と名づけられています。



「浴室」です。寛永五年(1628年)に建立された、湯気で体を温める蒸し風呂だそうです。



明和2年(1765年)棟上げされた「法堂」です。
天井には平成14年(2002年)創建800年を記念して「小泉淳作画伯」筆の双龍が描かれています。内部は以前の記事に載せています。
 

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