哲学の道をうろうろ

銀閣寺から哲学の道を南下しました。(先日の銀閣寺の続きです)
桜の季節でもないし、紅葉の季節でもない、まあ観光客さんの少ない時期ですね。それなのに近くを通る市バスはメチャ混んでた泣き顔


「哲学の道」と彫ってある石碑と、道に沿って流れる琵琶湖疏水の分線。京都ではだいたい川は北から南に流れるもの、しかしこの疏水分線は北向きに流れてるんです。が、水めっちゃ少ない!流れてるんだか留まっているんだか。



四季折々の景色を眺めているお地蔵様たち。「もうすぐ紅葉するな。」「永観堂のもみじを見に行きたいな。」「それは無理やろ、動いたらアカンさかいに。」「また今年も人間ウォッチングやな。」



洋風・和風、さまざまなお店があります。まあ、ところどころにね。



法然院の山門。
ちょっと法然院も見てみたいと寄り道です。この辺まで来るとほんとにひっそり。人の姿もあまり見かけず、銀閣寺とは打って変わった静けさです。



手水鉢に菊の花。
お寺の方の演出?風情がありますね。



放生池。



境内から山門。聞こえていたのは鳥や虫の声だけ。

法然院
鎌倉時代初め、法然上人が弟子の安楽・住蓮とともに念仏三昧の行を行うために草庵を開いたのが始まり。後鳥羽上皇の官女松虫・鈴虫が安楽・住蓮を慕って出家したことが上皇の逆鱗に触れ、法然上人は流罪、安楽・住蓮は死罪となり、後鳥羽上皇による宗教弾圧、「建永(承元)の法難」のきっかけとなった。その後草庵は荒廃したが、江戸時代初期、知恩院第38代門主万無上人が再興した。元は浄土宗内の独立した一本山であったが、昭和28年(1953年)に浄土宗より独立し、単立宗教法人となる。
通常伽藍内は非公開ですが、毎年、4月1日から7日までと11月1日から7日までの年2回、一般公開を行っています。

法然院の記事
法然院のHPはこちら



左 西田幾多郎の歌碑。「「人は人 吾はわれ也 とにかくに 吾行く道を 吾は行くなり」
哲学者西田幾多郎が散策、思索にふけったということから「哲学の道」の名が付いたということです。春は桜、秋の紅葉も美しく、多くの観光客さんが訪れます。
右 ところどころに設置されている案内板。しかし名所旧跡だらけですね、この辺りは。



寄り道ついでに、安楽寺。



山門から境内を覗き見。

安楽寺
「建永の法難」のきっかけとなった法然の念仏道場の後身の寺。
後鳥羽上皇の逆鱗に触れて死罪となった弟子の安楽・住蓮、両上人の菩堤を弔うために、法然上人が「住蓮山安楽寺」と名付けた。毎年7月25日に行われるかぼちゃ供養が有名。
春と秋のお花の時期に併せて一般公開を行い、庭園をはじめ、本堂・書院を解放されているそうです。
安楽寺のHPはこちら



さらに寄り道、霊鑑寺。

霊鑑寺門跡
承応3年(1654)後水尾天皇の皇女を開基として創建され、歴代皇女が住職を務めた尼門跡寺院。別名「谷の御所」。御所人形や絵カルタなど皇室ゆかりの寺宝が多い。(通常非公開)

霊鑑寺の記事



またまた寄り道、大豊神社。



左は稲荷社。右の大国社は昭和44年に創建されたもの。狛ねずみが人気者、ほんまに可愛いニコニコ

大豊神社
仁和3年(887)宇多天皇の病気平癒祈願のために、尚侍藤原淑子が勅命を奉じて少彦名命(すくなひこなのみこと)を奉祀して創建される。後に応神天皇と菅原道真が合祀された。鹿ケ谷・法然院・南禅寺一帯の産土(うぶすな)の神として信仰を集めている。昭和29年には古刹として京都市の名勝地に指定される。



こんな感じで続きます。紅葉にはまだ早いけど、ところどころ色づいてる葉もありました。



哲学の道のネコ猫 可愛いよう・・。
人だかりができていたので、何かしらと見に行きました。そういえば哲学の道はネコの多い道でした。今はこの辺りの野良猫さんたちは個人ボランティアさんによって不妊去勢されているそうです。安易に猫を捨てに来ないで!去勢したことが無意味になってしまう。ご飯をあげるときは食べ終わるまで見届けて、残りは持って帰って。というようなことが張り紙してありました。全くその通りですよ!



まだまだ寄り道、若王子神社。
入り口右に樹齢400年の梛(なぎ)の木の御神木があり、木の葉を用いたお守りは、あらゆる困難をなぎ倒す として知られているそうです。

若王子神社(熊野若王子神社)
1160年(永暦1)後白河上皇が紀州熊野権現を勧請して創祀した、永観堂の守護神ともされた神社である。京都三熊野のひとつ。

銀閣寺からずーっと下がってきて、哲学の道はここで終わりです。
疏水分線沿いを歩けば、琵琶湖疏水は明治の時代に100年先の京都を見据えて造られたんだよね、なんて思いを馳せます。かつて京都の大半を燃やしてしまった応仁の乱、乱後の荒廃した町を復興させるでもなく、東山殿(銀閣寺)の建設に財政を費やしたと言われる足利義政も、500年後の観光京都を見据えていたんですね唖然・・と思うことにします。

 

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