鴨川から夷川ダム、鴨東運河沿いを歩く

鴨川を散歩するのは大好きです。この日は丸太町橋まで歩くつもりでしたが、途中疏水の橋に差しかかったところで夷川ダムを思い出し、川端に上がることにしました。まあ丸太町まであと200mも無いですけどね。


二条大橋と丸太町橋の間にある、琵琶湖疏水鴨東運河の放流口に架かっています。初めてこの橋を見たときは、鴨川にあるのに鴨川に平行している変な橋っていう印象で(ほんまに無知唖然)、もっと古〜い風情のある橋でした。



鴨川から上がるとすぐに田辺小橋、川端通りに架かる橋は田辺橋。琵琶湖疏水といえば至る所にヒーロー田辺朔郎の名前が出てきます。で、川端通りの田辺橋を横断して、鴨東運河に沿う冷泉通りの歩道に出ました。涼しげな緑の散歩道です。



木の葉の間から夷川発電所が見えてきました。まるでどこかの渓谷みたいですが、京都の街なかです。紅葉や桜の季節はめっちゃ綺麗だろうな。



夷川ダム、放流中。可愛いダムですニコニコ
私の頭の中ではダムといえば壮麗な宇治の天ヶ瀬ダムなんですけど・・規模はどうあれダムはダム。そういえば、ビーバーだってダムを造るんですよね。ちょっと違うか。
左のレンガ造りの建物が夷川発電所建屋です。街なかにある日本最小の発電所だそうです。

 

Google map(関西電力夷川発電所)



冷泉通りのこの辺りは小さな公園のようになっていて、発電所に合わせてレンガ造りの素適な建物が。京都じゃないみたいですね。琵琶湖疏水にはレンガがよく似合います。でも、この建物の後ろでホームレスさんがいっぱいの荷物とともに休んでいましたので写真を撮るのにちょっと苦労しましたがく〜



琵琶湖疏水の立て役者、第三代京都府知事北垣国道の像が中島にあります。
東京遷都により衰微した京都を再生するため、琵琶湖疏水を計画し、広く市民にその有用性を説いて明治23年(1890年)に完成させました。その水利の効用はきわめて大きく、感謝の意をこめて明治35年(1902年)に建立されましたが、第二次世界大戦中に供出により失われたため、平成2年に再建されました。



発電所を上流側から見ています。
大正3年(1914年)に建設されて以来、今は機材も変わって遠隔制御による無人発電所だそうですが、100年以上も頑張って電気を送り続けているんです。古いものを大切に長く使おうという思いが京都には根付いているんですね。(だからと言って賞味期限の過ぎたものをを大切にとっておくのはやめましょうね、お母さま泣き顔
ところで私は発電のしくみなんてぜんぜん分かりません。無くてはならない働き者の電気さんの姿だって見たことはありませんひやひや



明治23年(1890年)4月9日 琵琶湖疏水の竣工式が、ここ夷川舟溜で行われました。その前日の竣工夜会では祇園祭の月鉾・鶏鉾・天神山・郭巨山が並び、如意岳の大文字も点火され、盆と正月が一緒に来たほどの賑やかさと報道されていたそうです。当時の市民の喜びがどれだけ大きかったことか。(さすがに盆と祇園祭がいっしょに来たとは言わないですね。)



舟溜から東へ、この先まだまだ鴨東運河は続きます。



景色に見とれながら歩いていたら、すぐに東大路に出てしまいました。
この先100mくらいで鴨東運河は右(南)に直角に曲がります。
京都に住み始めた頃、市バスでこの橋を渡ったときに何気なく西を見て、あれ?何だろう?不思議な景色って思ったのですが、それが夷川発電所でした。



冷泉通りとお別れして、運河に沿って歩いていくと今度は左(東)に曲がります。鴨東運河沿いにはずーっと遊歩道が続いています。



東に折れた鴨東運河。あの赤い橋は神宮道の大鳥居前に架かる慶流橋です。このまま東に進むと南禅寺舟溜に出ます。さわやかな新緑の中、気持ちの良い散歩ができました。

 



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