九山八海の庭 霊雲院(東福寺塔頭)

霊雲院は東福寺西側の少し奥まったところのありますので、途中に案内の看板がなければ通り過ごしてしまいそうです。そのためでしょうか、訪れる方は少なくゆっくりと拝観できます。


5月に「芬陀院」と「光明院」を訪れたときにこちらも拝観したかったのですが、その時は残念ながら工事中で山門は閉まっていました。今回はどうかしらと行ってみると、開いてて良かったラッキー やっと拝観できます。


受付を通ってすぐに見える庭園の東端。


整然とした書院と前庭。
拝観を終えて出てこられた外国の方と入り口ですれ違った以外は人影がなく、時間が止ったような静けさを独り占めです。ご本尊の文殊菩薩様にご挨拶をしてゆっくり見学させていただきました。


中央に「遺愛石」を置いた書院前庭は「九山八海」(霊の庭)と呼ばれる枯山水庭園です。寛永年間(1624ー1644)に第7世の湘雪守げんが住職されるとき、親交のあった熊本藩主細川忠利はその子光尚が湘雪和尚に帰依していたため、寺産500石を贈ろうとしました。しかし和尚は「出家の後、禄の貴きは参禅の邪気なり。庭上の貴石を賜らば寺宝とすべし」と申されました。そこで細川家は「遺愛石」と銘をつけ、須弥台と石船を作って霊雲院に贈られたという事です。


書院前庭は「遺愛石」のある珍しい庭として、江戸時代中頃に出版された「都林泉名勝図会」に紹介されていましたが、300年の歳月は庭園をすっかり荒廃させてしまいまいした。近年重森三玲氏により復元されたものが「九山八海の庭」(霊の庭)です。「九山八海」とは須弥山世界(この世界は九つの山と八つの海からなり、その中心が須弥山だという仏説。)とも呼ばれ、仏を中心にした壮大な世界だそうです。


小書院の西から茶室にかかる寺号の霊雲を主題に、重森三玲氏が新たに作庭した「臥雲の庭」です。雲の描く美しさと無心に動く水の美しさを、鞍馬砂や白砂の波紋、枯滝組で現しているそうです。この奥には桃山様式の珍しい2階建ての茶室「観月亭」があります(太閤秀吉の北野大茶会当時のものが移築されたもの)。残念ながら工事中でしたが・・。

霊雲院
明徳1年(1390)傑僧岐陽方秀によって開かれ、始めは不二庵と称していたが、室町時代に霊雲院に改められた。第7世の湘雪守げんが住職のとき、親交のあった熊本藩主細川忠利より「遺愛石」を贈られる。
幕末には、この寺で西郷隆盛と勤王僧月照忍向が維新へ向けて密議を交わした。
また、日露戦争中東福寺はロシア兵捕虜収容所となったため、霊雲院でも50名の捕虜が8ヶ月間過ごし、彼等が作った楽器なども展示されている。
余談ですが、捕虜となったロシア兵の娯楽にと、あのニンテンドーDSの任天堂がトランプを提供したそうです。(任天堂は花札の製造から始まった会社でしたね。)

拝観料  大人 300円 中学生 200円

拝観時間 9:00〜16:00
 


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