雪舟寺、芬陀院(東福寺塔頭)

徒歩で行ける範囲なのにあまり行っていなかった東福寺界隈へ。今回はお庭がすばらしいと噂の「芬陀院」と「光明院」だけささっと見てきたのですが、次回はもっとゆっくり拝観したい、そして他の塔頭も見て廻りたいなと思いました。東福寺の周りを歩いていると塔頭の他、幼稚園や公立の小学校や普通のお宅も点在していることに気がつきます。どこからどこまでが東福寺なんじゃー!?と考えつつ・・
まずは「芬陀院」です。

山門の内に綺麗な緑が続いています。


「鶴亀の庭」と呼ばれる方丈の南庭は、美しい苔地の中に鶴島と亀島の石組みがある。と駒札に書かれていました。でも苔の色が茶色・・。ウマスギゴケなんて試食したくなるような名前の苔なのに(食えるのか!? )。 調べてみたら綺麗な緑色の時期は6月上旬から12月くらいまでのようでした。その時期にまた来たい。


茶室の図南亭から見える東庭。おお!これぞニッポン!

東福寺の塔頭である「芬陀院」は鎌倉年間、ときの関白一條内経公が、定山祖禅和尚を開山として創建。雪舟作の名庭を伝えることから「雪舟寺」の名で親しまれている。
二度の火災等と永い歳月の中で荒廃していたところを、昭和14年に作庭家 重森三玲氏によって一石の補足も無く復元修理された。

拝観料 300円
拝観時間 9:00-17:00(12月~3月は9:00-16:00)

雪舟庭園誕生の逸話(拝観時にいただいたパンフレットより)
雪舟は少年時代、禅僧になるため備中宝福寺に入るが、修行もせずに絵ばかり描いていたので、住職が戒めのために雪舟を本堂の柱に縛り付けた。その夕方住職が本堂を覗くと雪舟の足元でねずみが動いていた。それは生きているねずみではなく実は雪舟が涙で描いたねずみだった。それほどいきいきと描かれていた。
後に関白一條兼良公がそれを思い出し、雪舟に亀を描くように所望した。しかし雪舟はいっこうに筆を取ろうとはしなかった。ところがある日庭に出て砂を整え石を動かし始めるとしだいに亀の形になり、数日後には立派な石組みの亀が出来上がった。その夜、妙な音がするので和尚が障子の隙間から庭を覗いてみればその石組みの亀が手足を動かして這っている。和尚がこれをなんとかするように依頼すると雪舟は亀の甲に大きな石を載せた。すると亀は動かなくなった。兼良公は其の功を認め雪舟に一寺を与えようとしたが、画の勉強がしたいからと断り、明(中国)に旅立った。以来「渡明の亀」とも「亀に乗って明に渡った」とも言われるようになった。

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ここに来る途中で渡った東福寺の臥雲橋から見た通天橋です。

秋の紅葉はもちろん素晴らしいけれど、初夏の青紅葉は想像以上にきれいでした。
 

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