新日吉神宮(いまひえじんぐう)

新日吉神宮は、東山七条を東に向かって女坂と呼ばれる坂の上に見える鳥居、廻り中が京都女子学園という素敵な場所にあります。
「新日吉」と書いて「いまひえ」、ちょっと読めないでしょう?でも地元では「ひよしさん」って呼んでますそのまんまじゃん。

祭神・・・ 後白河天皇 大山咋命(おおやまくいのみこと) 大己貴命(おおなむちのみこと) 加茂玉依比賣命(かものたまよりひめのみこと) 大山咋命荒魂(おおやまくいのみことのあらみたま) 田心比賣命(たごりひめのみこと)  菊理比賣命(くくりひめのみこと)加茂玉依比賣命荒魂(かものたまよりひめのあらみたま) 素盞嗚尊(すさのおのみこと) 大年神(おおどしのかみ)・・・神様がめっちゃいっぱい!居はります〜。



鳥居から楼門、楼門から舞殿。




満開の桜に彩られた舞殿です。(2013/04/02に撮りました。)




このお宮はお猿さんが多いのです。
絵馬や、お守り、そして拝殿前の左右には金網に入ったお猿さん!つまり「狛猿」さんです。
狛猿さんの傍らに携帯電話の写真が!?。
「日吉山王の御猿(真猿)は大神の御使者で、信者の災禍を去るという不思議な働きをされ、真猿=魔去る=勝るとも言われます。御神猿お守りとして携帯電話の待ち受け画面にお入れ下さい。」と書かれていました。
なるほど〜。待ち受けはお守りになるんだぁ!けれど、自分の携帯にはちょっと躊躇う。勇気が要る。
20年くらい前だったかな、楼門を入って左手に、本物のお猿さんが居たんですよ。もちろん金網入りで。




こちらが拝殿。




舞殿から拝殿を臨む。鳥居から楼門、舞殿、拝殿と一直線です。




本殿の裏(東側)に生育している御神木のスダジイ。
江戸時代以前から存在していたそうです。確かにジイです。

新日吉神宮
後白河法皇がその院の御所法住寺(現在三十三間堂の東向かいにあります。)内に比叡山東坂本の日吉大社を勧請したのが始まりで、古くから朝廷の崇敬が厚く、数多くの天皇の遺物、宸筆を蔵している。
参拝者はあまり無くひっそりとしていますが、古からある立派なお宮です。

新日吉神宮を通り越して女坂をもっと上ると豊臣秀吉の墓所「豊国廟」があるのですが、この神社の名前が日吉で秀吉の幼名が日吉丸、神の使者が猿、秀吉も猿と呼ばれていたことなどから豊臣秀吉と関係のある神社かと思っていましたら、始まりは後白河法皇だったのですね。
が、しかし!!やっぱり関係ありました!境内にある末社の豊国神社、別名「樹下之社(コノモトノヤシロ)」は、徳川幕府の目を潜って秀吉公のご神体を密かに祭祈してきました。日吉丸と木下藤吉郎(樹下)をかけてカムフラージュしてきたようです。と書かれていました。隠れ秀吉ファン?。
東山七条周辺地図

新日吉神宮神幸祭の記事


 



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