油小路 本光寺


門内右側にある供養塔には「伊東甲子太郎絶命の跡」と書かれています。
この石塔(墓石に見える)にもたれて伊東甲子太郎は亡くなったそうです。維新当時は表通り(油小路)にあったということです。

たまたま通りかかったのですよ。本光寺。普通だったら素通りしかねない小さなお寺。
たまたま伊東甲子太郎外数名殉難〜と書かれている石碑が視界に入ったのです。
そういえばここは油小路。
傍にいたおっちゃんが、いえ、傍にいらした男性が「開けましょうか?」とお寺の門を開けてくれました。「え?いいんですか?おおきに。」と中に入って、せっかくだから携帯で撮影。
その上「資料を持ってきてあげましょう」と、伊藤甲子太郎と本光寺、油小路の変のプリントを3枚差し出され、「おおきに〜」とお礼を言うと「100円いただいてるんやけど。」
・・・?・・うっかり100円払っちゃいました。先に言って下さい! いえいえ、貴重な資料をありがとうございました。ご町内の方でした。頑張ってますね。京都市観光課や油小路町内会で作られたそうです。

伊東甲子太郎さん・・色白で面長な顔立ち、性格は温和にして知的、北辰一刀流の使い手であると共に、国学、和歌にも精通すると100円払ったプリントに書かれていました。出来杉君!?本光寺・・新撰組から分離し、御陵衛士を拝命した伊東甲子太郎が近藤勇暗殺の計画をしているという情報に基づき、新撰組隊士に襲撃され絶命した場所です。
お寺の正面から撮るの忘れてた

御陵衛士屯所跡 月真院

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