霊源院 甘茶の庭

建仁寺塔頭で特別公開されている 霊源院の甘茶の庭「甘露庭」を拝観しました。

 

霊源院は建仁寺の南東に位置します。けっこう分かりにくい場所なのですが、そこここに案内のポスターが設置されていますので、方向音痴の私でも自信を持って山門をくぐれますニコニコ

 

 

こちらの玄関から上がらせていただき、右側の受付で拝観料500円を納めます。

上がるとすぐに「関」の文字が書かれた衝立がありました(なかなか読めませんでしたがひやひや)。「関」とは禅への入門の意を示すもので、「玄関」には禅学に入る糸口の意味もあるそうです。堂宇は意外に狭く、お庭までどどーんと見えます。

本堂北側に仏壇と五山文学(鎌倉末期から室町時代にかけて禅宗寺院で行われた漢文学)で活躍された「中巌円月の坐像」(重文)、その右後方に胎内仏の「毘沙門天立像」(重文)がありました。坐像の左右には木村英輝氏による毘沙門天の襖絵と金沢翔子さん筆の毘沙門天の書が置かれていました。

毘沙門天像を見るとナイトフィーバー♪ナイトフィーバー♪と口ずさみたくなってしまうのは私だけ?たらーっ

 

 

玄関前の甘茶の花の中で、にっこり笑う布袋様。

額アジサイかと思っていましたら、ヤマアジサイの変種で、これがアマチャ(甘茶)の花なのだそうです。

甘茶と言えば4月8日の花祭りに、お釈迦様の誕生仏にかけていたあれですね。

 

 

お釈迦様の一生を凝縮したという「甘露庭」では仏教三大聖樹(無憂樹菩提樹沙羅双樹)が見られます。

こちらは無憂樹(ムユウジュ)で、お釈迦様がお生まれになったところにあった木です。

 

 

お釈迦様はこの木の下で悟りを開いたという、菩提樹(ボダイジュ)です。

葉っぱが、ハートを細長くしたような形をしてるんです。

 

 

お釈迦様が亡くなられたところにあった木で、沙羅双樹(サラソウジュ)。これは姫沙羅じゃないかしら?

 

 

あまり広くはありませんが、趣のある庭園に約250株の甘茶の木が植えられています。

 

 

本堂の東南角からちょっとお庭を。

 

 

お庭の南の方。

塀の向こうに民家やビルが見えるのは、街なかにあるからです。

 

 

庭園は本堂から東に広がり、白・水色・青色に咲き乱れるアマチャの花は、むし暑い季節に涼しさを呼んでくれます。

 

 

山門の内側から。

 

霊源院・・室町時代初期に一庵一麟が龍山徳見和尚を勧請開山として「霊泉院」を創建、後に「霊源院」と改名されます。一方、南北朝時代中期に中巌円月和尚が「妙喜世界」を萬寿寺に建立し、建仁寺に移築、後に「妙喜庵」と改名されます。この2つのお寺が明治時代に合併して「霊源院」となったそうです。

龍山徳見和尚に聞き覚えが!と思いましたら、両足院の開山でした。

 

堂内には2つの茶室「也足軒」と「妙喜庵」がありました。別途500円を納めまして、也足軒で甘茶とお菓子をいただき、お庭を眺めてほっこりしました。

拝観者は多いのですが、ぎゅうぎゅうということはありません。ガイドさんや係りの方も親切で、和やかな雰囲気でゆっくり拝観できました。

 

霊源院ホームページ

Googleマップ

 

 

 


ジュヴァンセル祇園店へ。

「京の冬の旅」の拝観先でスタンプをもらい、3箇所分集まると指定の場所でお茶などのちょっと一服の特典が受けられると知りました。だいたいいつもは1シーズンに一箇所くらいしか行かないものを「ちょっと一服」の特典目当てに今回は「角屋」「妙法院」「高台寺」と廻りました。花より団子です〜。

ちょっと一服接待箇所をざっと見るとジュヴァンセル祇園店が1番近い。観光シーズンには長蛇の列ができているけど、今なら大丈夫だろうと行って見ましたら、列はできてなかったけれどやはり満席。入り口で少々待ちました。

 

紅茶かコーヒーが無料になるということでしたので、紅茶を。

この柄は祇園の街のつなぎ団子かな?

 

せっかくの有名スウィーツ処ですから、ケーキも別に注文しました。
濃厚で大変美味しゅうございました。いや、美味しすぎですよ!

お値段も思ったよりずっとお安くてびっくりです。

ごちそうさまでしたホットコーヒーケーキニコニコ

 

Google マップ

 


両足院の「半夏生のお庭 」。やっと拝観できました。

毎年見に行きたいと思いながら何故か忘れてしまう。でも今年はしっかり思い出しました(街なかに貼られたポスターを見てたらーっ)。
両足院の「半夏生の庭」特別公開です。


建仁寺の境内から両足院に入ると、左手にある「毘沙門天堂」です。こちらの毘沙門天像は鞍馬寺毘沙門天の胎内仏(仏像の胎内に納められた小仏像)で、関が原の合戦に黒田長政が出陣する際、この尊像を内兜に収めて奮戦し、勝利を収めたといわれています。その後、尊像は代々黒田家で信仰されましたが、維新の変革で明治10年頃両足院に寄進されたそうです。
あれ?っと思ったのは狛犬ではなくて「寅」。調べてみましたら、聖徳太子が物部守屋を討伐せんと戦勝祈願をすると、天空に毘沙門天王が出現され、必勝の秘法を授かりました。その日時が寅年・寅日・寅の刻であったそうです。
そういえば、同じく塔頭の「禅居庵・摩利支尊天堂」でも狛犬ではなく狛猪でした。



方丈前のお庭です。方丈で両足院について簡単な説明がありました。昨年のお正月に訪れたときは一面に七類堂天谿画伯作の襖絵が披露されていました。そして今回気づいたのは、その襖の後ろに仏壇があったのですね。いや〜ボケボケ!早速ご本尊様に合掌です。



方丈の脇を歩き、東庭を見ながら書院に向かいます。



書院前庭との境にある潜り門辺り。半夏生は方丈の東庭にも綺麗な姿を見せていました。



方丈の北側の廊下から書院前庭を撮りました。この池は鶴が翼を広げた形だということです。正面にあるのは茶室「水月亭」と「臨池亭」です。



この半夏生の庭は、京都府指定の名勝庭園です。
ジメジメした梅雨どきでも、この緑と白はさわやかニコニコ



茶室、「水月亭」(手前)と「臨池亭」が並んでいます。
「水月亭」は織田有楽斎(織田信長の実弟で茶人)により、建仁寺塔頭の旧「正伝院」(現「正伝永源院」)に建てられた茶室「如庵」の写しで、「臨池亭」は、かつて日本の百貨店の先駆的存在であった白木屋の創始者、大村梅軒が高台寺にあった同家の茶席を寄進したものだそうです。



半夏生が彩る池の畔。
半夏生は開花の頃周りの葉の色が緑から白に変化し、開花が終わればまた緑に戻る多年草で、書院前庭はこの特性を巧みに取り入れた庭だそうです。



書院の中から撮った前庭です。
以前に訪れた時はこの書院で伊藤若沖筆「雪梅雄鶏図」の掛け軸を拝見しました。今回は長谷川喜久氏の日本画展〜生誕300年若冲へのオマージュ〜が開催されていましたので、しばらく鑑賞させていただきました。



書院のガラス戸越しに。
前回来たときは雪ですべて覆われて、それはそれで非常に美しかったのですが、一番の見ごろはやはりこの季節ですね。それに冬のお寺は足が冷たくてひやひや
ウィークデイだったので、比較的空いていたのではないかと思います。書院から眺めただけですが、ゆっくり観賞できましたので満足です。帰る頃に小雨が降り、振り返るといっそう鮮やかでみずみずしく何ともいえない雰囲気。ちょっと帰りがたくなりました。

書院からお庭の観賞までの拝観料は600円。
茶室の特別拝観とお茶のおもてなし、庭園散策には別途500円。

前回(雪で覆われた冬の訪問時)の記事はこちら

 

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建仁寺「開山堂」を拝観しました。

「京の冬の旅 非公開文化財特別公開」で、先日は大徳寺の本坊などを拝観しましたが、今回は建仁寺の「開山堂」に参りました。
わり合い狭い境内ですからすぐに分かるだろうと、何の予備知識もなく南の勅使門の脇から入って、あれ?開山堂ってどこだっけ?ってひやひや とりあえず東方向に歩いてから北上すると、看板が立っていたのでなんとか見つかりました(少しは予習しておきましょう)。


この入り口をくぐれば写真撮影はお庭も含めて一切禁止になります。特別公開のお約束のようなものですね。
受付を通るとすぐに方丈(客殿)の広縁に出ました。私のおぼろげな記憶によると、下間の「白梅群禽図」は白梅を背景に様々な鳥、その中で錦鶏(キンケイ)は一際大きく描かれていました。室中の中央にはお釈迦様が祀られ、東側には雲間に現れた龍、西側には竹林にうずくまる虎の障壁画がありました。この虎はなんだか可愛かったですポッ 上間には「松鶴波図」。上間、室中、下間で 松・竹・梅 の絵になりますと係りの方が仰っていました。なるほど〜。また、広縁東端には「孔雀図」と「滝図」の杉戸絵がありました。この杉戸絵と「白梅群禽図」「松鶴波図」は原在中、室中の「龍虎図」は加藤文麗の作品です。



こちらは境内に面している「宝陀閣(ほうだかく)」と呼ばれる楼門です。
明治18年に右京区の妙光寺の山門を移築したもので、平成になり半解体修理が行われました。階上に安置される陶製の十六羅漢像は今回の特別拝観のために方丈の室中に飾られていました。明治から大正に渡る当時の名工さん達の作だそうです。
この奥、中央正面に「開山塔」が建てられ、廊下を経て北側に上述の方丈(客殿)があります。
開山塔は礼堂、相の間、祠堂(真室)の3室からなり、手前(西側)の礼堂から奥を見ると右に開基「源頼家公」の坐像、左に亀趺(きふ・・亀の形をした碑の台石)の上に立つ「木碑祖師塔銘(開山の略歴文)」がありました。相の間の中央には栄西禅師の座棺を埋葬した石檀が築かれています。祠堂までは暗くて見えませんでしたが、栄西禅師坐像と乙護摩天童像が安置されているそうです。
床は瓦の目地が縁に対して45度になるように斜めに敷かれた四半敷きで、寺院ではこの敷き方が多いということでした。礼堂の上方には後土御門天皇より賜った「華蔵世界」と書かれた扁額が掛けられていました。
瓦敷きの床に高い天井のせいでしょうか、もちろんここが廟所ということもありますが、特別な雰囲気のする空間でした。

余談ですが、「木碑祖師塔銘」を乗せている亀趺の亀は贔屓という重きを負うことを好むといわれる伝説上の生物だそうです。

案内の方の説明は分かりやすかったですニコニコ



開山堂内部の写真は撮れませんでしたので、ここからはその周辺です。
こちらは「茶碑」。開山栄西禅師は中国から茶種を持ち帰り、日本において栽培し、普及と奨励に勤めたことから日本の茶祖としても尊敬されています。



茶碑後方にある「平成の茶園」。
駒札に [「茶」将来八百年(平成3年)を記念して植樹栽培した覆い下茶園です。毎年五月十日頃、初摘みした茶葉を石臼で挽いた抹茶を御開山毎年忌にお供えし、ご遺徳茶思に感謝の誠を捧げます。] と書かれていました。



桑の碑」。栄西禅師が記した「喫茶養生記」は上巻には茶の効用、下巻には桑の効能が詳述され、諸病を冶するには仏教に順じた生活をすることが肝要であるが、桑樹は妙薬であり諸仏菩薩の樹であると説かれたそうです。



せっかくですから建仁寺の建造物で前回の記事に載せなかったものを少し。
「三門」です。大正12年に静岡県浜名郡の安寧寺から移建したもの。「望闕楼(ぼうげつろう)」と名づけられています。



「浴室」です。寛永五年(1628年)に建立された、湯気で体を温める蒸し風呂だそうです。



明和2年(1765年)棟上げされた「法堂」です。
天井には平成14年(2002年)創建800年を記念して「小泉淳作画伯」筆の双龍が描かれています。内部は以前の記事に載せています。
 

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雪の両足院(建仁寺塔頭)

元日に積もった雪がまだ随所に残る4日、建仁寺さんまで散歩したところ、たまたま塔頭の両足院さんが新春特別公開をされていました。600円の拝観料を納め、脱いだ靴は備え付けのビニール袋に入れて持ち、堂内に上がらせていただきました。


松と苔が美しい(はず?)方丈前庭。真っ白で何が何だか凡人には分かりませんでした泣き顔 
ホイップクリームがかかっちゃった築山?


方丈前庭。池に雪が映っています。綺麗だけど、寒そう!・・実際寒かったけど。

方丈では昨年夏に初公開された七類堂天谿画伯作の襖絵を拝見できました。昨年の建仁寺開山栄西禅師八百年大遠諱を記念して襖など92面の水墨画を5年がかりで制作するプロジェクトの一環です。
16面ある襖の中央に花一厘を持つお釈迦様の「拈華微笑」のお姿、傍らにお線香の煙がスッと上方まで上がるさま、左右に両足院の開祖である龍山徳見禅師、建仁寺開山栄西禅師や白象が描かれていました。右に描かれた栄西禅師はお茶の葉を持たれ、白象は素敵なピアスを、また左にはお饅頭を持つ人が(何処を見てるんでしょうね私は)。優しい、暖かい感じのする絵でした。同行した娘は洒落ていると言っていましたね。見る人によって感想は様々です。
因みにお饅頭ですが、龍山徳見禅師が中国から帰国の際、ここに描かれた俗弟子の林淨因が同行し、日本で初めてお饅頭を作ったと伝えられています。後で調べてみたのですが、この方のご子孫は東京で現在もお饅頭屋さんを続けていらっしゃいます。


水面に雪がドサッ!と落ちて波紋が広がったところです。


初夏には書院前庭に群生する半夏生が美しく、半夏生の寺とも呼ばれ毎年一般公開されています。今年こそと思いながら1度も行った事が無く、初めての拝観が雪の庭園になってしまいました。京都市内ではこんなに雪が積もることは滅多にないので、これはこれで珍しい景色が見られて良かったです。


書院の中央に座り、ガラス越しに見る前庭です。「ガラスはありますが、ここから見るお庭が一番ですよ。」と係りの方が勧めて下さいました。
伊藤若沖筆「雪梅雄鶏図」の掛け軸もこの書院にありました。梅の枝に積もる白い雪に鶏のトサカと椿の鮮やかな赤、また背後には景色も何も描かれてない・・この雪の積もった書院前庭と妙にマッチして更に印象深くなりました。


坪庭の一部です。氷が張った手水鉢(手水鉢でいいのかな?)と雪の帽子を乗せた石灯籠。


軒からはみ出してる雪。もうすぐズルズルードサッ!ときそうです。ソフトクリームか肌理の細かいカキ氷みたいで美味しそうだけど頭の上に落ちてこないでね。

両足院
650余年前に建仁寺第35世龍山徳見を開山として創建された臨済宗建仁寺派の塔頭寺院。本尊「阿弥陀如来立像」を方丈に安置し、境内北側に鎮守の毘沙門天立像を祀っている。方丈並びに書院は嘉永年間に再建されたものが現存する。
国宝如庵の写し「水月亭」、大村梅軒好みの「臨池亭」と2つの茶室が池の北側に並ぶ。
約300坪の庭園は、白砂と青松が迎える「唐門前庭」、桃山時代の枯山水庭園「方丈前庭」、京都府指定名勝の池泉回遊式庭園「書院前庭」、坪庭「閼伽井庭」からなる。(拝観時にいただいたパンフレットより。)

係りの方の説明によると、両足院の名は仏陀の別名「両足尊」にちなんだもので、智慧を司る文殊菩薩、釈迦如来の慈悲行を象徴する普賢菩薩から智慧と慈悲の両方が足りているという意味だそうです。

ところでスリッパも無い雪の禅寺は足が恐ろしく冷たくなります。普段素足の娘がソックスを履いていたにもかかわらず書院に入る前に足がもう限界!冷え性の私が何故か大丈夫、オバサンは足の裏の皮膚が厚いのかと思ったらソックスは分厚めのヒートテックでした。厚いのは面の皮と皮下脂肪だけです。それでも少しは冷たかったのです、両足とも。

 

建仁寺 花街に隣接する京都最古の禅寺

臨済宗建仁寺派の大本山、建仁寺です。
長年東山に住んでいながら、たまに散歩の途中境内を通らせていただいているだけでしたひやひや

境内南側にある「勅使門」です。八坂通りに面しています。
この脇の入り口から境内北の拝観受付のある本坊までほぼ縦断です。本坊に近い祇園花見小路側の門から拝観に来られる方が多いと思いますが、この門の前にいるのにわざわざ祇園まで道を歩いて遠回りすることも無いですから。
人通りがあまり無い八坂通りから、この境内を北にぬけるといきなり祇園の花街になります。(それでいつも通り抜け・・。)



俵屋宗達筆、「風神・雷神図屏風」。原本は京都国立博物館にあります(国宝)。

受付で「写真は撮っていただいてけっこうですから」と言われます。襖絵などは高精細デジタル複製ですが、それでもなぜか嬉しくなる。はい、おおきに〜ってラッキー 普通他の寺院では「撮影はご遠慮下さい」ですものね。


「○△□乃庭」と掛け軸です。
まる・さんかく・しかくと読んでいいのでしょうか。何れにせよキーボードで打てる範囲で良かったラッキー


本坊中庭にある「潮音庭」。


「潮音庭」は周りの廊下や室内、そのどこからでも鑑賞できる四方正面の禅庭です。


方丈前庭、枯山水の「大雄苑(だいおうえん)」です。方丈の南から西にかけてぐるっと。
雄大で広々、気持ちがいいです。


渡り廊下の窓から見た「大雄苑」です。
渡り廊下に下りたところでスリッパに履き替えます。これがまた大きすぎるのかツルツルすぎるのか、歩き難いよとスリッパにもんくを言いながら法堂へ。


法堂の須弥壇と「双龍図」。
法堂の入り口から中を見て、暗〜。入ったとたん、おぉー!天井を見上げて、わぁー!(決して声に出してはいません。心の声です。)歴史ある禅寺の威厳でしょうか、畏怖さえ感じてしまいます。(畏怖しながら、同行した娘にはしっかり写真を撮るようにと促している。たらーっ


正面須弥壇には、ご本尊 釈迦如来坐像と脇侍 迦葉(かしょう)・阿難(あなん)尊者立像が祀られています。


「双龍」の描かれた天井です。平成14年に創建800年を記念して小泉淳作画伯により描かれました。息をするのを忘れてしまうくらい圧倒されます。大きさは畳108枚分あり、建仁寺の800年に渡るの歴史の中で、法堂の天井に龍が描かれた記録は無く、この双龍図は創建以来初めての天井画となるそうです。

建仁寺
臨済宗建仁寺派の大本山。鎌倉時代の建仁2年(1202年)の開創。山号は東山(とうざん)、開山は栄西禅師、開基は源頼家。
高台寺とその塔頭の円徳院月真院、六道の辻の六道珍皇寺、八坂の塔のある法観寺も臨済宗建仁寺派です。

祇園の繁華街に接しながら、静かで荘厳な空気の流れるところです。
500円の拝観料は安いなと思いました。

拝観時間 3月1日〜10月31日 10:00-16:30
     11月1日〜2月28日 10:00-16:00
     12月28日〜12月31日は年末拝観休止
拝観料      一般 500円  中高生 300円

建仁寺のホームページはこちら

 


宮川町で「まめも」

宮川町は鴨川の東側で四条通りから五条通りまで、京都五花街のひとつです。
祇園にくらべると道は細く観光客さんが少ないので、その分落ち着いて歩けます。時々そんなり(舞妓の衣装ではなく普段着の着物)の舞妓さんをドラッグストアーで見かけたりと、庶民的な感じもするところです。


後姿の舞妓さん。(撮ろうか撮るまいか躊躇しているうちにはるか後方に居はりました。)


街なかではそこらじゅうにある路地ですが、花街の路地はなんとなく違う???


路地の奥まったところにあるこちらの「裏具」さんを訪れたかったのです。和風のステーショナリーを置いているお店です。宮川筋に出ているほんまに控えめな看板を見つけて、やっと辿り着けました。


雑誌で見たのかTVで見たのか、この可愛らしいマッチ箱みたいなメモ用紙、その名も「まめも」が気になって、散歩がてらに行って見ました。奇妙に可愛い?変可愛い柄がメッチャ気に入っていくつか購入。お揃いのぽち袋も可愛いニコニコ
裏具さんのホームページはこちら


こちらは随分前に撮ったものですが、こんな感じの街並みです。
宮川町のホームページはこちら  

 

Google map
 


雪景色(もう解けかかってたけど)の八坂神社。

寝ぼけまなこで窓の方へ目を遣ると、なんだか外が白っぽいよ、明るいよ。隙間を空けて外を覗くと、あらら!雪が積もってる。
ほんとにね、毎日寒くて体調も良くなくて散歩をする気にもなれない。でも仕事があればいくら寒くても、少々体調が悪くても行かなければ〜。で、通勤途中に撮った八坂神社です。

青空に雪化粧の屋根、本殿です。


舞殿の屋根にもうっすらと雪。


美御前社も昨年改修工事を終えた悪王子社も、お社の屋根や石灯籠の上、廻りの木々に雪が残ってこんなんなってました。
正門(南側)から出ようとしたら、楼閣の解けた雪が滝のように降ってきた 出勤前にこんなことをやっていて、遅刻すれすれ。
しかし通勤途中に八坂神社って・・神頼みには不自由しない京都です

八坂神社・悪王子社・美御前社

あの世への入り口!? 六道珍皇寺

臨済宗建仁寺派、山号は大椿山(たいちんざん)。本尊は薬師如来坐像。
「清水道」(東大路と松原通り)の交差点を東へずーっと登って行くと清水寺に辿り着きますが、反対に西に少し進むと右手(北側)に六道珍皇寺があります。
「珍皇寺」、正式には何て読むのでしょね。ちんのうじ?ちんこうじ?(仮名で書くとなぜか笑える。)みんな六道さんって呼んでます。


珍皇寺の門前には「六道の辻」と書かれた石碑?があります。
六道とは仏教で死者が転生するところ、地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人間道、天上道。
平安時代、この寺辺りが鳥辺野の葬場の入り口にあったことから、ここが現世と冥界の境界「六道の辻」と考えられました。もう少し西の西福寺の傍らにも「六道の辻」の石碑があります。 なんだか恐いよ?松原通り。


本堂前には「あの世への入り口・六道の辻」と書かれた提灯が。
なかなかオカルトなお寺です。


閻魔・篁(タカムラ)堂
堂宇には等身大の小野篁(タカムラ)立像、閻魔大王坐像が安置されています。
閻魔大王坐像は小野篁の作。
「六道まいり」の時以外は格子の間から覗けるだけなのですが、中はかなり暗いです。
ここで私はオバカなことをやらかしました。堂宇の中の下の方にあった撮影禁止の札に気付かず、閻魔大王様に向けて畏れ多くもシャッターを押してしまいました。その直後に気付き、うわ〜!ヤバイ!!、すぐに削除して、お賽銭を入れてゴメンナサイをしました。閻魔大王様、どうかお許し下さいm(__)m
小野篁(802〜852)は嵯峨天皇に遣えた平安初期の政治家であり、文人、歌人としても知られる。また、武術百般にも優れた文武両道の人物であった。不羈(才能や学識が余りにも優れていて常識では律しにくい・束縛されない)な性格で奇行も多く、昼は朝廷に出仕し、夜は閻魔王宮の役人であったという伝説がある。篁は三十代半ばで遣唐副使に選出されながらも、遣唐使制度を風刺した詩を詠んだことなどから、嵯峨天皇の怒りに触れて隠岐へ流罪、官位を剥奪されたこともある。その後帰京・復位を許され、学識を高くかわれて順調に官位を登り、従三位という高位に就いている 。


鐘楼
鐘は中にあるので見られないのですが、穴から出ている綱を引いて鳴らします。
この鐘の音は、遠くは十万億土の冥土まで響き渡るといわれています。
十万億土って、ワープを何回も繰り返してやっと辿り着けるような、イスカンダルよりも遙か彼方ってことですね???
「六道珍皇寺」では盂蘭盆会前の4日間(8月7日から10日まで)「六道まいり」が営まれ、多くの参拝者で賑わいます。参拝者はこの鐘の綱を引いてご先祖様の霊(お精霊おしょらいさんと呼んでます)をお迎えします。

続き↓ 篁 冥土通いの井戸

桜 祇園白川

2013/3/30の祇園白川です。



満開でした!これ以上ないくらい。(だから満開なんだってば。)




吉井勇の有名な「かにかくに」の石碑は人が多すぎて撮れなかったのですが、すぐそばに「十六夜桜」と書かれてた妙な形をした石を発見しました。「十六夜桜」風情のあるネーミングです。この辺一帯の桜をそう呼ぶのでしょうか。それとも傍らの桜のこと?
そしてこの石は、これはWのつくばいなんでしょうか。それにしては中に落ち葉や泥がいっぱいです 




巽橋から撮りました。風情があります〜。
「わあ、綺麗!」「わぁ、綺麗!」を連発しながら、欄干にゴチッ!とぶち当たった女子をみかけました。祇園は危険がいっぱいです。




巽橋のたもとにいらした<どすえちゃん>どす。愛嬌があって人気ものでした。




辰己大明神です。ものすごい人出でなかなか写真も撮れなかったのですが、奇跡的に誰もいない瞬間がありました。大明神という名前のわりに小さい神社ですから、10人もいたらいっぱいになっちゃう。左の猫さんと大きさを比べてください。っーか、何でこの人ごみの中に猫がいるんじゃー!?・・しかもかなりくつろいでる。



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