安井金比羅宮 櫛まつり

縁切り神社」として有名な東山安井の金比羅宮で毎年9月の第4月曜日に催される「櫛まつり」を拝見しました。

 

使い古した櫛や簪(かんざし)に、感謝を込めてお清め供養をするお祭りで、京都美容文化クラブの主催だそうです。

久志塚(櫛塚)の前で13時から始まる神事の少し前に到着したところ、ものすごい人出でした。やはり1時間は前に行かないと良い場所で見られないかな。

 

 

名称は「櫛まつり」でも、前の方でシャッターを切っている方々は、不思議なことに櫛があまり必要無いと思われる殿方が多かったのです。

 

 

式典は来賓の方々のご挨拶や祝辞が「ありがとうございました・・続きまして〜・・最後に〜・・また〜・・」と続きます。 沢山の衣装を着込んだ美しい皆さんはその度に起立・着席を繰り返されます。大変だと思いますよ、Tシャツ1枚でも汗ビッショリになるむし暑さですから。

 

 

これは何かと言いますと、拝殿で舞踊「黒髪」の奉納の舞をされているところです。

しかし全く見えません泣き顔。撮れません!

普通にしていては無理ですから、石灯籠に乗って見ている外国の方の多かった事。「登らないで下さい。」と日本語の貼り紙がある石灯籠は登るものと化していました。まあ、日本の神様のバチは当たらないでしょう、多分ひやひや

 

 

拝殿で舞踊の奉納のあと、日本伝統の髪型が説明されます。しかし混雑と喧騒で何が何だか困惑

 

その後、古墳時代から各時代の髪型・衣装を纏った方々とそして現代の舞妓さんまでが、神社周辺や祇園の街を練り歩きます。縮小版の時代祭りのようです。全て地髪で結い上げられた髪型で、習熟した結い髪の技術が必要なのだそうです。

 

境内で人垣の隙間から何枚か撮影できたものは、皆お顔が写ってしまいました。綺麗なお嬢様方にモザイクをかけては申し訳ないので、載せるのは控えます。すごい混雑でオバサン疲れましたけど、素適な髪型や衣装を見せていただきちょっぴり若返りました。ちょっぴりねニコニコ

 

安井金比羅宮HP

以前の記事 安井金比羅宮 縁切り神社

Google map

 

 

 


後祭山鉾巡行(四条河原町で)

前祭りの山鉾巡行でしんどくなったから、今日(24日)の後祭はテレビで・・と、見ているうちに、まだ間に合うじゃん?と京阪電車に飛び乗りました。人混みに揉まれながら四条河原町で撮影したものです。

 

橋弁慶山 (はしべんけいやま)この山はくじ取らずの巡行1番です。

私の前面には人の頭が、頭が〜〜!この時はもう撮れないとあきらめて、腕だけ伸ばして適当にカシャッ!こんなことやってる人大勢いましたけどねたらーっ

 

北観音山きたかんのんやま)くじ取らずの巡行2番目。

よくTVでも中継される鉾の辻回し。こちらは鉾ではなく山ですが、実は私は辻回しを見るのは初めてです。1回動かすたびにワーッ!と歓声や拍手が起こりました。ブラボー!です。

 

 

浄妙山(じょうみょうやま)

私の中では”上の方に飛んでる人がいる”山なんです〜。ひやひや

 

 

役行者山 (えんのぎょうじゃやま)

こういう山は曳き手さんたちが持ち上げて回すんですね。交差点で何回も回してくれて拍手喝采でしたわーい

 

 

黒主山 (くろぬしやま)

こちらも何回も回してくれました!ニコニコ 

ちょっとした隙間ができて、曳き手さんの様子も見えるようになりました。

 

 

南観音山 (みなみかんのんやま)

青竹を敷いて1回目の辻回しをしたところだったかな? 回すときには音頭取りさんが2人から4人に増え、揃った扇の動きと掛け声でいっそう雰囲気が盛り上がりました。

 

 

鈴鹿山 (すずかやま)

前懸の駱駝(らくだ)図は目立ちますね〜。

 

 

八幡山 (はちまんやま)

町内に祀られている八幡宮を山の上に勧請したもので、祠は総金箔。

 

 

鯉山 (こいやま)

龍門の滝をのぼる鯉。山の上の木彫りの鯉は左甚五郎の作と伝えられているそうです。

 

 

大船鉾 (おおふねほこ)

後祭のくじ取らずとして殿(しんがり)をつとめる大船鉾が見えてきました。

先日の記事では書き忘れましたけど、舳先の龍頭は今年復元されたものです。去年までは大きな金幣が付いていました。それからこの破風は「唐破風」でないかい?と画像を見ていて気が付きました(だんだん詳しくなる唖然)。

幕末の「蛤御門の変」で一部を残し焼失しましたが、平成26年に150年ぶりに巡行に復帰。この年から祇園祭の後祭も復活。

 

大船鉾、辻回し中です。いやぁ、圧巻でした!船

 

 

24日、朝の鉾町(いただきものの画像)。大船鉾はお留守です。巡行中だから。

 

やっぱりしんどくなっちゃったけど、TVでは味わえない臨場感!行ってよかったです〜。

疲れすぎて、家に着いたらしばらく気絶してました撃沈

 


鉾たて 大船鉾

また、いただいた画像です。「大船鉾」です。

そうそう、18日の記事で解体中の「船鉾」だと思っていたのは、どうやら鉾たて中の「大船鉾」だったらしいです。ごめんなさいm(__)m

 

これは鉾建というより、まさに建設中という感じ。造船?

 

今朝、「神主さんが来てはった。」そうです。

今日が曳き初めなんですよね。見たいよ〜泣き顔

 


前祭りのあと・・解体中の山鉾。

昨日の山鉾巡行が終わって、今日の山鉾町の午前中の画像をいただきました。

巡行で集められた疫病は、山鉾を解体することで流し去ることができるといわれています。だからすぐに解体作業に入るのですね。

 

これは「月鉾」・・だよね。骨組みだけだと判別しにくい。

 

「岩戸山」?

 

この骨組みは「船鉾」!?

 

 

扇形の榊の形で判ります。「放下鉾」。

 

昨日は豪華な懸装品を身にまとい、華麗で勇壮な巡行を見せてくれた山鉾たち。役目を終えたらすぐに解体されてしまうのですね。

解体されるまでが役目なのか。それにしても潔い!!

 

 


前祭山鉾巡行ちょっと行ってきました。

ほんまにン十年振りに、祇園祭(前祭り)の山鉾巡行を見に行ってきました。

とにかくすごい人・人・人(あと100個くらいを書き足したい)で、四条通はもうダメだと、別の道を急いでいるうちに「長刀鉾」を見逃してしまいました。あらまぁ!

 

「長刀鉾緑地」でやっと落ち着いて、そこから観賞するこにしました。

こちら5番目「函谷鉾」です。山鉾巡行は、悪霊を集め都大路を清める役目がありますが、この写真のぶつぶつは単なるモザイクで、決して山鉾に集まってきた悪霊のせいではないです〜たらーっ

 

 

山鉾32基の中でも最も大きく、重い鉾。その装飾品には左甚五郎や円山応挙の名前も上がり、金具なども豪華で、動く美術館と称される「月鉾」です。

雨が降ってきたせいか、ここからの山鉾はビニールがかけられていました。

 

 

蟷螂山」です。始めはビニールがかかっていたのですが、少ししたら上に乗っている方がビニールを取りはじめました。そして・・触角を装着! 後から付けるものだとは思いませんでした。皆さんそう思ったのか周りで笑い声が広がり、ぎゅうぎゅう詰めの舗道が少し和みました。

 

 

すっかり装備が済んで男前の蟷螂さんに拍手が沸き起こりました。人気者です〜わーい

この後カラクリを見せてくれるのでしょうね。

 

 

綾傘鉾」です。あまりの人出で人の頭ばかり写ってしまい、半ばあきらめながら適当にシャッターを押していましたら、ちょうど棒振り囃子の方が写ってました。しかし、この異形の衣装は強烈ですね。

 

 

祇園祭のお囃子は何曲もあるそうですが、この「鶏鉾」が通ったときはたまたまかもしれませんが、他の鉾より賑やかで派手な感じがしました。また音頭方もよく通る良い声でした。

 

 

菊水鉾」です。禁門の変で焼失後1953年に再興された「昭和の鉾」だったんですね。印象に残った涼やかな水色のタペストリーは、2013年に新調を決定し、4年がかりでそろったそうです。本金糸をふんだんに使い、費用は4面で計約8千万円とか?

 

鉾がギシギシという音などが聞こえてライヴは臨場感があって、本当に来て良かったなと思いました。でも生来人混みが苦手なので、まだ見終わってないのに体調が悪くなってしまって、そろそろ家に帰ろうということに。うーん残念!

 

前に見たときはまだ京都に来たばかりで、京都のむし暑さに慣れていないし、むずがる幼子を連れていたし、まだ20代のお祭りには全く無関心の頃で、全然楽しくなかったんです〜。因みにその幼子はオバサンと言ってもいいほどの年齢になり、この記事内の「蟷螂山触角装着図」を撮影してくれました。

 


つい見に行ってしまいました。「蟷螂山」

暑いからやめようかなと思ったけど、ついつい来てしまいました。去年は忙しくて見られなかったしね。

 

カマキリさん、2年ぶりに会いに来ました。

可愛いです!勇ましいです!昭和の仮面ライダーにしたいくらいポッ(昭和のというのは最近のライダーは昆虫じゃないみたいだから)

 

 

昔から人気があって、洛中洛外図をはじめ祇園祭を描いた絵画には必ずといっていいほど登場しているそうです。

私は雨よけのビニールの無い「蟷螂山」を見るのは今回が初めてです。

 

 

からくりおみくじ。カマキリさんお仕事中。

 

 

突然の雨で今年の蟷螂Tシャツをじっくり見ている間もなく、走りながら撮りました。

撮影したものを後で良く見たら、これは背面のようですがカワイイ!

 

 

 

こちらは「菊水鉾」です。破風を飾る豪華な鳳凰に目が行ってしまいました(祇園祭りの山鉾は何でもやたらと豪華ですが・・)。

祇園祭山鉾連合会」のHPによるこの部分の説明は、”屋根は唐破風造りで、彫師海老名峰彰作の鳳凰の懸魚を飾り、軒下に翠簾を掲げるところは特に他の鉾と異なっている” ということで、正直 読めない漢字ばっかりです泣き顔

 

 

「長刀鉾」の付近です。

この頭上の橋は一般人を鉾に上がらせてくれるためのもの(粽の購入が必要)。他の鉾でもこのイベントはやってますが、さすが巡行の先頭を行き、唯一生稚児(いきちご)を乗せるスーパー鉾だけあって、順番待ちと撮影する人で混雑も一番でした。

 

最近は暑さに弱くなったようで、今日は徒歩ではなく市バスで四条烏丸までやってきました。バスのフロントガラスから遠くに長刀鉾が見えたときにはなぜかドキドキ、血圧が上がったようです。もう少し年齢が上がったら1人で来るのはやめましょう。

 


東山花灯路を途中まで・・。

毎年3月中旬に行われる「東山花灯路」です。北から神宮道の あおくすの庭・青蓮院・知恩院、円山公園を経て、寧々の道・二年坂・三年坂など、そして南は清水寺、茶わん坂まで。この人気の観光道路に、約2500基の行灯を点した幻想的な夜の散歩道です。


清水寺の三重塔を茶わん坂から。
花灯路と言っても、茶わん坂は決して混雑することなく静かでしたニコニコ
-------------清水寺・二年坂・三年坂など



いつでも混んでる三年坂の階段だけど、今夜は歩きやすかったな。



お店の中は明るいニャ!
この瓢箪屋さんはかなりの老舗。瓢箪のほかに猫グッズがいっぱいです猫猫2



こちらも三年坂、興正寺さんの参道付近。ほのかに照らされた梅の花も風情があります。



普段は閑散としている一念坂もなかなかの人出。優しい灯りが並びます。



いつでも人通りの多い寧々の路は、やっぱりかなりの人、人、人。
--------------ねねの道・円山公園など



東の上の方を何気なく見ると・・えっと、高台寺の建造物なのだけど、分からない〜がく〜



円徳院さんもファンタスティック。



月真院さんのお庭もライトアップされて情趣があります。



寧々の道で遭遇したイベント「狐の嫁入り」。道幅いっぱいにゆっくりゆっくり進むので、この後ろは人の渋滞ができてました唖然



大雲院さんから東へ。あ、ここは人通り少ない。



長楽館。
歴史的な建物の壁に万華鏡の投影がありました。この写真だとクリスマスみたいです〜たらーっ



円山公園の池。畔の木々がくっきり映って鏡面のような水面でした。



円山公園に設置された粟田大燈呂。
何基か置かれていましたが、こちらはスサノオノミコトと習合される祇園精舎の守護神、牛頭天王です。八岐大蛇を退治する場面を表現しているそうです。闇に浮かんで大変恐ろしげですが・・



お昼前にに見たらこんな感じ。夜の迫力はどこへ・・・。

スタートが遅かったので茶わん坂から円山公園までで時間切れ。神宮道の あおくすの庭まで行けませんでした。昼間は何でもないものが、おどろおどろしく見えたり幻想的に見えたりと、闇と灯りってすごいですね。
ライトアップされた寺院の夜間特別拝観あり、様々なイベント、パフォーマンスありで、見どころは沢山です。点灯時間は18:00〜21:30ということですから、次回は目標を決めて計画的に見なくっちゃですね。

三年坂の地図 二年坂・一念坂の地図 八坂の塔周辺地図 ねねの道から維新の道地図 円山公園からちょっと南の地図


 


長刀鉾 稚児 社参

昨日「社参の儀」に臨まれる長刀鉾のお稚児さんを一目見たいと八坂神社に行ってきました。

南側の石鳥居の前でそろそろかなぁ〜なんてうろうろすること数分。大勢のお供を従えて、白馬にまたがったお稚児さんが上ってきました。
先にお巡りさんが来て交通規制を始めます。「祇園祭のお稚児さんが通ります。迂回して下さい。」止められた車のドライバーさんも「あぁ、お稚児さん。はい、はい。」って笑顔で進路を変えます。すごいぞ!お稚児さんパワー。



ご到着です。凛々しいですね。



楼門の下で馬を降りられます。綺麗に飾られたお馬さんもここまでご苦労様でした(またお帰りもありますけど)。
これから本殿でお稚児さんは禿(かむろ)さんやお供の方々と「社参の儀」に臨まれます。「社参の儀」は長刀鉾のお稚児さんが、神様の使いとしての資格をもらう神事で、俗に「お位もらい」とも言われ、「五位少将十万石」と同じ位を授かるそうです。



「社参の儀」を終え、禿さんが出て来られました。禿さんは稚児を護る武士の役目を担っていますので、刀を持っていらっしゃいます。可愛い!なんて言ってはいけないかしら?でも、可愛いなぁ。



「お位」をいただいたお稚児さんです。
これからお稚児さんは山鉾巡行の務めを果たすまで、精進潔斎の生活に入ります。女人禁制のしきたりに従い、稚児の世話は食事の仕度から着物の着付けなどの一切を男性がします。家族でも女性は同席することができません。また、正式には地面に足をつけてはならないという習わしもあり、ここからお稚児さんは「強力(ごうりき)」と呼ばれる男性の肩に担がれて移動します。



強力さんに担がれて移動するお稚児さんを、追っかけよろしくギャラリーもザザーっと大移動です。外国の方が慣れない発音で「オチゴサン」と言っていたのが聞こえて、私思わずニンマリしてしまいました。
この後休憩のため境内にある料亭「中村楼」に立ち寄られます。中村楼では食事に先立つお茶席で、神様のお使いとなったお稚児さんたちを稚児餅やお干菓子とともにおもてなしするそうです。

お稚児さんはいくつもの儀式をこなし、小学校を幾日も公休するとか、女人禁制のため母親の作った食事も食べられないとか、まだまだ色々・・京都の人は皆知っていることなんですよね。伝統をずーっと守り続けられるってすごい事です。これが京都!
ところで今年の山鉾巡行の日は台風11号もやって来そうなんですけど、台風も山鉾を見たいですか? あまりの炎天下も大変ですけど、暴風雨はもっと困ります。う〜ん、ここは神様のお力でなんとか・・。

 

Google map
 


神仏混淆の神幸祭 新日吉神宮

東山七条の妙法院と智積院の間を上る通称女坂にある新日吉神宮。その神幸祭は神仏混淆の珍しいお祭りです。


お坊さんと神主さんが並ぶ不思議な光景。神仏混淆ですから。妙法院門跡の僧侶さんです。
後白河法皇が院の御所法住寺殿内に比叡山東坂本の日吉大社を勧請したのが新日吉神宮の始まりで、その初代別当に任命されたのが法皇の信頼が篤かった妙法院の昌雲という僧でした。



舞殿で、まずは神主さん。
お供えに大根・キャベツ・バナナなどが上がっていました。こちらは狛犬ならぬ狛猿のお宮さんですからバナナは必須?<コラッ!バナナ



妙法院の僧侶さんが般若心経を唱えられます。
お宮さんで門跡の僧侶さんによる般若心経が聞けるなんて滅多にありません。



この後、行列に加わる太鼓や鉾、白和幣を沢山結んだ大きな榊などが次々と境内から出発します。これはお祭りの先頭を行く剣鉾です。常に3人くらいで横にして運んでいましたからそうとう重いんですね。先の方に小さな鐘(鈴?)が付いていて、澄んだ綺麗な音色ですが、これを鳴らすにはかなりの技量が必要なようです。で、この鉾はしなるんですね。横から見たら何かに似てる。あ、悪魔の尻尾だひやひや



こちらは「鳳輦(ほうれん」。
屋根に鳳凰の飾りがあります。天皇を祭神としたお祭りでは御神輿ではなく御鳳輦が使われます。新日吉神宮は本殿の祭神の中に後白河天皇も祀られています。



行列が豊国神社の前にさしかかりました。
剣鉾を先頭に幸御鉾、榊、お稚児さんを乗せた車などなど、かなり長い行列です。



剣鉾、豊国神社の前で。鉾は鳳輦の先導を務め、悪霊を集めて町を清める役目をしています。先端にうまい具合に太陽の光が反射して、悪霊祓われた!ネ申キター!!って感じです(何の神やがく〜)。



豊国神社から正面通りを進みます。ご鳳輦の周りに大勢の人。
神幸祭のとき、この正面通りには多くの露店が並ぶのですが、年々少なくなってきてちょっと寂しいのです。
行列の最後は神主さんを乗せた人力車でした。(本当の殿[シンガリ]は警備をする警察の車ですけどね・・)

新日吉神宮神幸祭
約850年前に始まり、神仏混淆時代の名残を残した祭礼。巡行は江戸時代初期から続いている。毎年5月の第2日曜日。12時の神幸出立祭の後、馬場御供の儀、法楽の儀、続いて鳳輦を中心とした行列が氏子各地域を巡行する。

 

東山七条周辺の地図

 


後祭 復活!大船鉾

苦手な早起きをしまして、後祭の山鉾巡行を見に行って来ました。出発地の烏丸御池で全基が出発するところを見終えた後、しばらくして四条烏丸に行くと、今度は一巡りした山鉾が帰って来る姿が見られました。


地下鉄の烏丸御池駅から出て来てすぐに、出発を控えている姿が目に止まった「橋弁慶山」。謡曲「橋弁慶」を題材に、弁慶と牛若丸が五条の大橋で戦う姿をあらわしています。くじ取らずで後祭巡行の1番です。


くじ取らずで2番を行く「北観音山」です。四条烏丸で撮りました。「上り観音山」とも呼ばれ、巡行時に柳の枝を差出しているのは観音懺法にちなむもの。水引・見送・飾金具など豪華な装飾品を数多く所有しています。
出発地点の御池通りでは山鉾とともに人の頭ばかり撮影していましたが、四条烏丸では前方に誰もいない場所で撮れました。(但し巡行する山鉾の少々後方からしか撮れない場所でしたが、それでもラッキーラッキー


左は巡行3番目の「八幡山」。総金箔の社殿を乗せています・・が、うまく撮れなかった悲しい 右は「浄妙山」で、平家物語の宇治川の合戦を題材にした山で巡行の4番目を行きます。
(烏丸御池で撮りました。)


5番目に巡行する「鈴鹿山」です。鈴鹿の山で悪鬼を退治した鈴鹿権現「瀬織津姫命」の伝説を題材にした山。前懸のラクダ図は平成元年、左右の胴懸もそれぞれ平成11年、13年の新調です。(烏丸御池で撮影)


「南観音山」はくじ取らずの6番です。「下り観音山」とも呼ばれ、巡行には諸病を防ぐといわれる柳の大枝を差し、山の四隅には菊竹梅蘭の木彫薬玉をつけています。見送・下水引は近年新調され、4枚の天水引 緋羅紗地「四神図」も復元新調されました。17世紀製作の逸品で異无須織(いむすおり)といわれる華麗なペルシャ金銀絹絨毯の旧前懸や、日本最古(1684)のインド更紗の旧打敷などを保存しています。
(烏丸御池で撮影)


巡行7番の「鯉山」です。山の上には日本的な木彫りの鯉。前懸・胴懸:水引・見送は16世紀にベルギー・ブラッセルで製作されたトロイア戦争をテーマとするタペストリーです。すごい東西文化の融合です。
(四条烏丸で撮りました。)


法螺貝の音が聞こえて現れたのは8番目を行く「役行者山」(左)。役行者が一言主神を使って葛城と大峰の間に、 橋をかけたという伝説を題材にしています。
右は「黒主山」で巡行9番目。謡曲「志賀」を題材に大伴黒主が桜の花を眺める姿を表したものです。
(烏丸御池で撮影)


今年150年ぶりに復活し、その雄姿を現した「大船鉾」。後祭のくじ取らずとして殿(しんがり)をつとめます。これが見たかった!出発したときには周りから拍手が沸き起こりました。
(烏丸御池で撮影)この画像はクリックで拡大します。


「大船鉾」は幕末の「蛤御門の変」の大火で木組や車輪を焼失し、それ以来巡行に参加することはありませんでした。しかし幸いにもご神体人形や舳を飾る大金幣、織物・水引・前懸・後懸等の懸装品が焼失を免れ「居祭」として宵山飾りを続けてきました。今年いよいよ復活し、白木の船体を揺らしながら進む姿に感動しました。
(四条烏丸で撮影)


四条寺町の御旅所に並ぶ八坂神社の御神輿。
先祭の山鉾巡行の後に神幸祭が行われ、山鉾によって清められた市中を3基の御神輿がそれぞれ別のルートで練り歩き、こちらの御旅所に到着します。 御神輿に乗って祭神「素戔嗚尊 (すさのをのみこと) 」・「櫛稲田姫命 (くしいなだひめのみこと) 」・「八柱御子神 (やはしらのみこがみ)」がご来訪され、還幸祭の行われる7月24日の夕刻まで滞在されます。こちらの御神輿が祇園祭の主役なのです。

「先祭」に比べれば山鉾は10基と少ないですが、今年は「後祭」と「大船鉾」が復活した特別な祇園祭だと思います。暑い!人ごみに紛れてペルシャ絨毯の行列を見に行くのはいやや〜なんて言っていた昔の私、穴を見つけて入ってきなさい!ひやひや
 


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