天寧寺 額縁門から望む景色もお庭も素敵でした。

久しぶりの良いお天気でしたので、鞍馬口通りから寺町辺りの寺社を訪れるMy散歩をしました(9/19)

 

鞍馬口通りから寺町を南下すると左手に見えてくる天寧寺

額縁門」と呼ばれる山門から望む景色が有名な曹洞宗の寺院です。

 

 

本当に額縁に入れたように比叡山が収まってます。まるで絵画のようですね。

 

 

庫裏です。

手前に酔芙蓉の木がありましたが、まだ蕾の状態でした。

 

 

表門・本堂

江戸時代後期の伽藍の形態をよく伝え、市内においては数少ない曹洞宗の近世寺院建築として貴重であるということです。
塀の後ろ本堂脇に見える巨木は市内有数のカヤの大木で、京都市登録天然記念物とされています。

 

 

観音堂
後水尾天皇の念持仏の聖観音像と中宮東福門院の念持仏 薬師如来像が安置されています。

 

 

まんじいなり

 

 

わらべじぞう
ジュースのお供えがたくさん。

 

 

門をくぐってから撮りました。普通街中のお寺は山門から入ると正面に本堂があったりするのですけど、天寧寺は比叡山借景を遮らないようにするためか本堂や書院は左手にあります。

 

 

これは紫式部?小紫?ツヤツヤの綺麗な実を付けていました。

 

 

シュウメイギクはこれからかな?咲いているのはまだ2,3輪というところ。

 

 

ヤブランは今が盛りのようです。

その他にもススキの穂や、白萩の花もチラホラと。酔芙蓉は咲いていなくて残念でしたけど、随分と色々な種類の植物が植えられているのでしょう。綺麗に整えられたお庭は四季折々の花が楽しめるのですね。

 

天寧寺

山号は萬松山(ばんしょうざん)と号し曹洞宗に属する。

もと会津城下にあったが、天正年間(1573-1592)にこの地に移送されたと伝えられている。その後天明の大火により堂宇を焼失したが、本堂は文化9年(1812)に、書院は天保14年(1842)に再建された。本堂には仏師春日作と伝える本尊釈迦如来像を、観音堂には後水尾天皇の念持仏聖観音像及び東福門院の念持仏薬師如来像を安置している。境内墓地には江戸時代の茶人として有名な金森宗和、剣道示現流の開祖といわれる善吉和尚らの墓がある。

山門を通して眺める比叡の秀峰は、あたかも額縁に入れたように見えるところから、山門は「額縁門」と呼ばれて親しまれている。

(駒札より)

 

非公開ですが、境内は拝観できます。いいお寺でしたよ(^^)/

 

Googleマップ

 


輪違屋 創業以来300年以上も営業を続ける島原唯一の置屋

以前に非公開文化財公開で揚屋角屋さんの見学をしました。その時は輪違屋さんは公開されていませんでしたので、外から眺めて駒札に書かれた説明を読んだのみ。また機会があったらね、という思いで去りました。

そして今夏、京の夏の旅 文化財特別公開でやっと「輪違屋」さんを拝観できました\(^o^)/

 

輪違屋さん外観。

たまたま見学者が多かった日なのか、入り口にいつも数人の方がいらして、やっと見つけた空いている時。雰囲気は角屋さんと似てますね。

輪違屋は今から300余年前の元禄年間に太夫や芸妓を抱える置屋(今で言うプロダクションみたいなものですかね。)、「養花楼」として創業。明治5年からお茶屋としても営業を始めたそうです。現在の建物は安政4年に再建されたもので、現存する最古の置屋として貴重であり、京都市指定文化財になっています。

 

 

1階主屋の3方に庭がありました。こちらは東側の坪庭。中央奥に2つの陰陽石、手前右にキリシタン灯籠、左に変わった形の蹲がありました。

この主屋では太夫さんとお客様との顔合わせの儀式であるかしの式が行われたそうです。

 

1階は写真撮影はご自由にとお聞きして、え〜〜!いいんですか!?と小躍りして喜びました。が、ほとんどピンボケでしたガーン!。多少のボケは私と同じ!と厚かましく毎回載せているのですけど、太夫さんが書かれた和歌(それも達筆!)の下書きを襖にしつらえたものとか、近藤勇の書が表装された屏風など色々撮ったのに、撮ったのに〜心霊写真のようでした。載せられません。。。_| ̄|○

 

 

西側の庭と縁と軒。

こんなに深いひさしなのに、柱が1本もありません。梃子(テコ)の原理を利用して軒先の重量を支える工夫をしているそうです。

柱が無いことで景観が遮られず、風流な趣が増すのですね。

 

 

輪違屋さんと言えば、この傘の間の襖。2階は撮影禁止でしたから、こちらは拝観チケットのものです。

合わせて8枚の襖に全部で4つの傘がある。描かれたものではなくて、傘の地紙が貼ってあります。床柱には松、また竹や梅の木も使われるお目出度い部屋なのだそうです。

襖の上に「花實雙美」と書かれた扁額があります。近衛文麿のお爺さまの書だそうです。また、掛軸に桂小五郎の書もありました。(1階には近藤勇の書があったなぁ・・)

 

2階では他に紅葉の間と太夫さんの控えの間を見学しました。

本物の紅葉を塗り込んで、乾燥後に取り出し顔料で着色したという風雅な壁を持つ紅葉の間、なんと床框も地袋板も紅葉(楓?)の木なのだそうです。

その向かいの太夫の間は、小部屋二間続きの控えの間で、綸子に刺繍を施した太夫さんの豪華な打掛が飾られていました。

 

 

2階の客間に行く大階段はなかなかの急勾配です。この階段上の天井に球状の鏡(ミラーボール)が吊るされていました。鏡を利用して、お客様どうしが鉢合わせしないようにするためだそうです。そのためでしょうか、この建物には階段も5か所あるそうです。

(内部の写真はほとんどボケてしまったのですが、これはマシな方。それにしても見学者の多いこと。まぁ私みたいなめんどくさがり屋も来ているくらいだから。)

 

 

輪違屋さんマーク。これはガス灯でしょうか。

この下の行灯にも、1階の大階段横の暖簾もそうでしたけど、至る所でこの標章を見ました

 

 

軒の瓦に「癲廚了。

傘の間の襖の意匠にもあるデパートの高島屋のような「癲廚藁悵祺阿気鵑里甘主が盒兇気鵑世らだそうです(高島屋とは無関係)

 

太夫さんは傾城(公許を得て遊宴の席でお客様を接待する女性)の最高位で、かつては御所にも上がれる正五位の位が与えられたと言います。容姿に優れ、舞・三味線・囃子などの歌舞音曲のほか、茶道・華道・香道・書道に和歌・俳諧などの教養(それも人に教えられるくらいの技量)を身に付けていっらしゃいます。
結髪はもちろん地毛で簪などの頭部に付ける飾りだけで3kgくらいになり、太夫道中に使われる黒塗り三枚歯の下駄の重さは片方が約2kg、太夫の衣装は全部合わせると30kg近くなるそうです(30kgといったら私の分かりやすいところで、5kgのお米袋を6個!---庶民の例えですみません)。
あらゆる教養を高度に身に付け、30kgの装備も身に付けて、優雅に歩かはる太夫さん!美貌に才能、根性と体力も兼ね備えたスーパーウーマンです。

 

Googleマップ

 

関連角屋(すみや)

 


ン十年ぶりに六道まいり。

毎年8月7日〜10日に行われる六道まいりに何十年ぶりか?で行ってみましたので、今さらですが(;^_^A  (珍皇寺にはふらっと入ることはあるんですよ。でも六道詣りは超久しぶり)。

 

松原通に面した六道珍皇寺の山門。普段はひっそりとしていますが、六道さんのときはとってもにぎやかです。

 

 

山門をくぐるといつもと違って屋根が張られ、高野槙が売られています。高野槙は「迎え鐘」でお迎えしたおしょらい(精霊)さんが枝に乗り移って我が家にお帰りになるという、六道参り参詣の必須アイテムです。

 

 

薬師堂。通常非公開の薬師如来坐像を拝観できました(撮影は禁止でしたからお堂の外観だけ)

 

 

左手の提灯がかかっているところは閻魔(篁)堂。たしか普段は格子の隙間から見ていた閻魔大王像篁像ですが、この日は全面開放、しっかり拝観致しました。等身大小野篁像、でかいです。随分と大きな人だったのでしょう(平安時代の平均身長は知らないけど・・)

 

 

鐘楼(迎え鐘)。おしょらい(精霊)さんを迎えるために撞くので「迎え鐘」といいます。

前に見たときはもっと地味な鐘楼だったなぁと、調べてみましたら一昨年から105年ぶりの解体修理を行い昨年の7月に終えたそうで、木の部分が鮮やかな朱色になっていました(1年ほどこの境内に立ち入ってなかったんだと先ほど気がつきました)

 

 

三界万霊十方至聖の石塔婆。三界とは、仏教用語で無色界・色界・欲界の三つを指し、この世のすべての精霊を供養することのようです。

この場所は住持が野辺送り(遺骸を埋葬地または火葬場まで運び送ること)の引導を渡した場所といわれています。

 

 

以下、六道参り最終日午前中の境内の様子です。

 

 

 

 

 

 

ところで、私は京都に来て冷やしあめというものを初めて知りましたが、未だにいただいたことはありません。ウィキペディアによると、麦芽水飴(または米飴)を湯で溶き、生姜の搾り汁やおろし生姜を加えた飲料で近畿地方に普及しているものだそうです。

一度は味わってみた方がいいかな・・・。

 

以前に書いた六道珍皇寺の記事

六道珍皇寺のHPはこちら

Googleマップ

 

西福寺・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

六道珍皇寺の200mほど西にあります。正式には桂光山敬信院という浄土宗の寺院です。

 

こちらも普段はひっそりとしていますが、六道まいりの間は参詣する人々でにぎわいます。

毎年六道詣りのときに公開される「地獄絵」「壇林皇后九想図」は かなりヘヴィーです。

私は小心者ですので(先日も書きましたが)、この絵を拝観した夜はなかなか寝付けませんでした。その分昼間寝ました(^^ゞ。

 

 

入り口の左右に子育地蔵尊の提灯があるように、一歩足を踏み入れると、いや外からも見えていますが、たくさんのお地蔵様。子育地蔵は子供の健康や病平癒に効くそうです。

Googleマップ

 

 

「みなとや」さん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

店頭で開店を待っていらっしゃる方々でしょうか?

松原通をはさんで西福寺の斜向かい(北東)にある幽霊子育飴で有名なみなとやさん。

450年以上続く歴史ある、また伝説もある飴屋さんです。

みなとやさんのHPはこちら

 

 


なんとか散歩した

7月から京都観光らしいことは何一つしていなかったです。祇園祭の山鉾巡行(前祭りも後祭りも)行かなかった。この暑さでただただぐったり。身体弱!

やーっといつもの清水寺周辺散歩を、早朝なら多少は涼しいだろうと敢行(大げさな!)しました。しかしウチを出たのがほとんど9時前、どこが早朝や!?

 

東大路から五条坂を東へ。人少ない!珍しくすいすい歩けます。

 

 

茶碗坂。まあ空いてます。

 

 

清水の市営駐車場あたり。藤棚の下のベンチが一見涼しそうだけど、視線をずらせば地面までゴミ箱になっている。

 

 

七味家さんを過ぎると、多少の人混み。それでも大したことはないです。

 

 

三年坂(産寧坂)。お!? がらーん!

 

 

二年坂(二寧坂)。ふむふむ、まぁ少ない。

 

 

一念坂。いつも人通り少ないけど、この瞬間は近所のおじいさん(多分)だけ。

以上人混み調査でした。って、しょっちゅう載せてるとこなので、他に書くことが無くて・・。

 

 

鮮やかな百日紅の花と八坂の塔

もう10時を過ぎていたので、少し賑やかになってきました。

 

 

ちょっと前にはインスタ映えスポットだった、八坂庚申さん。今も?

 

 

なぜか私が二年坂を通るときは、いつも満席だったスタバ。1年以上経ってようやくすんなり入れました。朝まぁ早い時間だからかしら?でも後からどんどん混んできて瞬く間に店内いっぱい。早々に退散しました。私のような小心者ばかりだと回転が早くていいでしょう。

 

 

今年1月にオープンしたそう。三年坂、八坂の塔に近い。メニューはコーヒー・お茶・ラテ類ってところ?

ちょっと寄ってみたかったけど、この酷暑の中では辛いところ。真冬もキツイな、おばちゃんには。

 

久しぶりにいつものコースを散歩しました。年じゅう載せているコースだけど、やっと生き返った感じ記念にしつこくUP!

これを機にこれからは京都観光を早朝からしたいと思っています・・・が、早起き出来るでしょうか?今の時間だってもう2:00a.m.過ぎてますよ。

 

三年坂のテキトーな地図

二年坂・一念坂の大雑把な地図

八坂の塔界隈地図

 


濁流

五条大橋から。さすがにここまで水位が増えた濁流の激流は怖いですね。

押し寄せる濁流の水面すれすれにコサギさんが飛んでいたり、すでに水の中となった遊歩道にアオサギさんがたたずんでいるのを見て、「君たち早く非難しなさいよ〜!」 と言いながら、スマホは避難準備の緊急速報メールでひっきりなしに鳴り続けているのでした。他人?のことは言えない。

きっと水が引いた後もそこらじゅうにゴミが引っ掛かっていたり、植物はなぎ倒されていたりで、しばらくは無残な姿でしょう。早くいつもの鴨川にもどって・・散歩したいから(´・ω・`)

 



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